たとえば最近インドで柔道を教えている日本人の話を読みました。子ども達を集めて指導しているんですが、まだ小さいときはみんな喜んで乱取りをするんだって。ところが8、9歳くらいになると決まった相手としか乱取りをしなくなる。お前とお前が組め、とその人が命令すると渋々組むんですって。組むけど相手の身体に触れないように、チョイと胴着の端をつまむようにしてね。その日本人の先生は、初めは理由が分からなかった。何年かして分かったんだって。カーストが違うと組みたくないんだ。特に相手が不可触民だとね。インドの子ども達も8、9歳くらいになって、カースト制の文化の中で生き始めていくんだね。
インドでは、新聞での結婚広告というのが盛んです。自分のプロフィールとか希望相手の条件なんかを新聞に載せるんですが、必ず自分のカーストを載せます。それ以外のカーストの人とは結婚しないことが前提なんですよ。もし違うカーストの男女が恋愛して、結婚しようとしたらどうなるか。多分、親族やカースト仲間から猛反対です。それでも結婚したらどうなるかというと、二人はカーストから追放され、不可触民にされるんです。二人の間に生まれた子供も不可触民です。とんでもないでしょ。結婚差別だね。
就職差別はどうか。例えば、あなたがインド旅行でカルカッタの食堂に入った。ウェイトレスのお姉さんが、注文を取りに来ます。彼女は、どの身分でしょうか。
バラモン、クシャトリア?
それとも他人にサービスする仕事だから、下層身分かな?
実は食堂なんかで働いている人は、コックさんも含めてだいたいバラモン身分だそうです。なぜか分かりますか。もしシュードラ身分の人を雇ったら、その店にはバイシャ以上の身分の人は来ません。自分より下の身分の者が作ったり出した水や食べ物を口にしたら、自分の身分がケガレるからです。逆にバラモンが出す食事なら、どの身分の者でも口にすることができる。だから学校帰りや仕事帰りに、みんなでちょっと食事に行こうか、なんてことはインドではありえない。誰かを自分の家に食事に招待するなんていうことには、非常に神経質だそうです。相手が同じカーストでなくてはいけないからね。法律で身分制度が否定されていても、こんなふうに差別は続いているんです。いくら強調しても足りないくらい大きな問題だと思います。
特に、ものすごい差別にあえでいるのが「不可触民」と呼ばれる人たちです。この不可触民に対する差別が、どれだけすごいか。山際素男という人の本でびっくりしました。この人はインドに留学していて、知り合いもたくさんいた。ある時、知り合いになったインド人に案内されてドライブにつれていってもらうんですが、田舎道を走ってる途中で白い服を着た集団が歩いていた。そしたら山際さんの乗ったクルマが、その中の一人をポーンとはねたんだ。山際さんびっくりして、今人をはねましたよ、止まって下さい、と言うんですが運転手のインド人の友人は無視して走り続けるの。振り返って見ると、倒れた人の周りにみんなが集まっているのが見えた。早く戻って手当をしなければ、と山際さんは運転手に訴えるんですが、聞いてもらえない。同乗している他のインド人も、ばつが悪そうに知らんぷりをしているんですよ。これはひき逃げだと当然、山際さんは思うわけ。
翌日、新聞にひき逃げの交通事故の事件が載っていないか探すけど載っていない。だけど、ひき逃げは事実だから気になってしょうがない。そこで、彼は知り合いのインド人を訪ねて、このことを訴えてまわるんですが、みんなは「そんなことは早く忘れなさい」って山際さんに忠告するんだね。あんな連中はどうだっていいんです、と言われる。はねられた人は、不可触民だったんだよ。衝撃を受けた山際さんは、それから不可触民の実態を彼らの中に入ってレポートしています。信じられないような話が、これでもかこれでもかと出てくるよ。
インドの憲法は、カースト制を否定しています。実際は守られていないにしてもね。この憲法を起草したのが、インド共和国の初代法務大臣だったアンベードカル(1891~1956)という人です。このアンベードカルは、不可触民出身なんです。アンベードカルは不可触民でも、例外的に経済的に豊かな家庭に生まれて学校に行くことができました。で、ホントに幸運な出会いとかがあって上級学校に進むことができて、頭も良かったのでアメリカの大学に留学して博士号をとったんです。インドに帰ってから不可触民差別をやめさせる運動の指導者になって、いろんな経過で初代法務大臣になった人です。
この人の伝記を見てもすごいよ。例えば、学校で先生は彼のノートを見てくれないのです。質問にも答えてくれない。教師はバラモン身分です。ケガレるのがいやなの。それから体育の時間があります。終わった後は喉が渇くから、みんな水を飲む。水道はまだないから、水差しがあってそこからコップについで飲むんですが、アンベードカルは水差しに触らせてもらえない。そしたら親切なクラスメートがいて、水を飲ませてくれた。その飲ませ方というのがこうです。クラスメートはアンベードカルをひざまずかせて、上を向いて口を開けさせる。で、水差しからその口めがけて水をそそぐの。今、われわれがそんなことさせられたら屈辱的だよね。でも、アンベードカルにとっては、そのクラスメートが一番親切な奴だったんだ。やがて差別廃止の運動に取り組むのも理解できますね。
ところで不可触民人口は、どれくらいと思いますか。インド人口の約二割もいるんですよ。不可触民の問題は、決してごく少数の限られた人の問題ではありません。あ、少数者の問題なら無視していいというわけではないですよ。誤解のないように。
話を元に戻しましょう。このような身分制の始まりが、前1000年くらい。これがバラモン教と一体となって生まれてきます。最上級身分バラモンは神に仕えるものとして他の身分の者を、まあ、脅かして威張っているんだね。ところが段々と都市国家が成長し、都市国家間の交易も活発になってくると、王や貴族であるクシャトリア、商人であるバイシャが実力をつけてきます。バラモンの下でへいこらしていることに不満を持つようになるんですね。やがて、儀式ばかりのバラモン教に飽き足らない人たちによって、新しい哲学思想が生み出されます。さらにカースト制を批判する、新しい宗教も出現してきました。
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