カズはA市の南にある、とある田舎町で生まれた。元々、成績優秀かつ向学心も旺盛だったが、当時の豊かでない田舎では「長男以外は要らん子」という風潮があったため
「高校なぞ行かんでええから、家のために働け」
と、尻を叩かれ続けた。
しかし、どうしても高校に行きたかったカズは、生まれて初めて親に反発した。
(どうしても高校に行きたい・・・働きながら、夜間でもいいから・・・)
と、頑張った甲斐あり中学を主席で卒業すると、A市の工業高校から「学費免除の特待生」として推薦される(最も希望していた『A高』への推薦も得たが、学費免除ではなかったため泣く泣く断念)
田舎の学校とはいえ、旧制中学(今の高等学校)を優秀な成績で卒業したカズは、本心では大学へ進学して好きな勉強を続けたかったが、なにせ家計が豊かではないだけに、大学進学などは夢のまた夢という現実の壁が立ちはだかっていた。
当時の田舎町の事で、なおかつ戦後という悪条件も重なって、働きに出るとてろくな会社はなかったが、家業を次ぐ必要もないカズは希望に若い胸を膨らませながら、その地方で最も名の知れたA市へと、再び飛び出して来た。丁稚奉公など苦労をしながらも、大学進学の夢を諦めきれなかったカズは、文字通り爪に火をともすようにしてコツコツと蓄えた資金を元に、勇を奮って単身上京。二部とはいえ、幼い日からの念願かなって憧れのC大学に入学した。
早朝から、工場で油まみれになりながら馬車馬のように働き稼いだ学資で、夜は勉学に励む日が続いた。そんな毎日の、慢性的な睡眠不足による無理な生活が祟ったのと、馴れない大都会・東京での生活のプレッシャーからか、子供の事から風邪一つ引いた事のなかった自慢の頑健な体を遂に壊してしまい、無念のうちに大学は2年で断念。失意の日々を送っているところへ、A市を代表する大手製造会社から就職のツテが舞い込み、再びA市にUターンして会社の寮へ移り住んだ。
その後、紆余曲折を経てK子との結婚という「逆玉」に至り、K子の実家であるA家からの支援を受け商売を軌道に乗せていくのだった。
一国一条の主となった事で、益々張り切っていた若いカズ旦那は、休む日もなく毎朝9時に店を開け夜8時の閉店後も夕食を挟んでは、事務所に篭って帳面を引っ繰り返したりそろばんを弾いたりという日々が続く、仕事の鬼ぶりを如何なく発揮していたらしい。
当初しばらくはベテランの集金人や店員、雑役など2~3人ほどの使用人を雇っていたが或る時、それまで真面目を絵に描いたような集金人に、多額の金を持ち逃げされた。
(あれが、ヤツの作戦だったのか。真面目と見せかけて、安心させる・・・ヤツを恨む前に、己の未熟さを反省しろ・・・)
それから方針を改め、使用人は総てお払い箱として集金から会計経理、そして雑務に至るまでを一人でこなすという、益々多忙な毎日となった。元々、田舎の野原で鍛えられた頑健を絵に描いたようなカズ旦那(高校卒業まで実家に居たが、それまで数年に一度の風邪以外に病気というような話は、ついぞ聞いた事がなかった)は、高度経済成長の波に巧く乗って、商売は軌道に乗った。販売成績の優秀なカズ旦那は、メーカーの本社から熱海や箱根、または台湾などに何度も招待旅行の歓待を受け、ついにはアメリカへの二週間旅行にも招待されるなど「販売の鬼」ぶりを遺憾なく発揮した。
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