2005/06/20

刎頚之友

関西弁の壁」という予期せぬ伏兵にぶち当たり、学内で新たな人間関係が築けないことから、次第にキャンパスから足が遠のいたのは自然の成り行きだった。こうして授業をサボっては、あてもなく繁華街や京都御苑をぶらつく日々が多くなった。

 

なにしろ金が自由にならない貧乏学生の身としては、金のかからない公園辺りを冷やかして歩くのが関の山だ。スカGでのドライブといってもそれなりに金がかかるだけに、そうそうは遠出も出来ず、狭くて混雑する市内の道を転がすのがやっとというテイタラクで、ドライブというには程遠かった。

 

新しい友人ができない反動から、思い出すのは昔の友人だ。そして昔の友人と言えば真っ先に思い浮かぶのは、もちろん10年以上の付き合いのムラカミをおいて他にない。

 

日中は御苑や繁華街が賑やかだけに、独りでいてもある程度は気が紛れたが、マンションに帰った夜こそ一層の寂寥を感じる憂鬱な時間帯である。そんなこんなで記憶を頼りに、遂にムラカミへ電話をかける決心がついた。

 

(過去を振り返るのは、現在が楽しくない時・・・)

 

と躊躇う気持ちもあったが

 

(そう堅苦しく考えなくてもいいじゃないか・・・ムラカミは、かつての親友。しばらく会ってないし、懐かしい気持ちがないといえばウソだ・・・)

 

などと自らに言い聞かせるうちに、本当に懐かしさが湧き上がってきたから不思議だ。

 

が、世の中うまくいかない時はとことん間が悪いものらしく、先方は一向に電話に出る気配がない。まあ、そのうち掛かってくるだろうと思っていた折り返し連絡も、一向に来なかった。

 

(なんてこった・・・ついに昔の友人にも見放されたか・・・)

 

自嘲とともに、夜も早い時間から不貞寝を決め込む。目を瞑ると、あのムラカミまでが、名古屋でキャンパスライフをエンジョイしながら、皮肉っぽく口を曲げて嘲笑っている夢を見そうだった。

 

それから、どのくらい時間が経ったか。派手な着信音に、寝ぼけ眼を擦りながらケータイに手を伸ばすと

 

「よー、オレだよ。久しぶりだな」

 

という元気そうなムラカミの、あの懐かしい声の響き!

 

「なんか電話もらったみたいだが、さっきまでゼミの飲み会があってな・・・ケータイをバッグに入れとったんで、全然気づかんかった。わりーな」

 

昔と変わらぬムラカミの口調に、久しぶりに関西弁以外の言葉を聞いた気がして、懐かしさとともに正直ホッとした。

 

「どーなんだ、そっちは。環境もだいぶん違うだろうが、もう慣れたか?」

 

元来が頭の良い男だけに、のっけからさすがに鋭いところを突いてくる。

 

ともあれ久しぶりだからと、互いの近況などを軽く話した後だ。ムラカミから、実に唐突に

 

「で、京オンナの彼女はできたんか?」

 

と、最も痛いところを突かれた。

 

「それなんだがな・・・実は、まだなんだ。と言ってもまだ、入学から2週間しか経ってねーが」

 

「そんなもんか・・・いや、オマエのことだから、そっちじゃ珍しがられて持て囃されてるのかと思ってな。で、よろしくやってんじゃねーかと。なにしろ『X大』ちゃー、関西人ばっかりだろうからな」

 

さすがに鋭い読みだ。ただし、結果は真逆なのだが。

 

「そこが問題なんだ!

その『関西村の壁』こそ、ベルリンの壁以上に高くてな・・・まあ、この場にいないヤツに、なかなか理解が難しいだろうが」

 

「なんじゃい、そりゃ」

 

というような話の流れで、気づけば女学生はおろか、男子学生にもろく相手にされていない実態を一気にぶちまけていた。

 

さすがに体裁が悪いため、幾らかはオブラートに包んで話すつもりだったのが、いざ話し始めると相手はさすがに「刎頚之友」だから、隠し事なしの恨み節のオンパレードとなってしまった。

 

話の途中から、やおらゲラゲラと遠慮のない爆笑を始めたムラカミ。

 

「そりゃ、最近にない傑作だ!

オマエが、まさかそんな状況に置かれとるとは、想像もつかんかったな。是非、その状況を見てみてーくらいだ」

 

と、この悪友の爆笑は止む気配がない。

 

「オイオイ、随分薄情な言い方しやがるな。友人だと思っての告白だったんだがな」

 

「道理で、オレに電話してきたわけだな。そりゃキャンパスライフをエンジョイしとったら、なかなか思い出さんわなー。いや、これは実に興味深い」

 

と、独り大うけのムラカミ。どうやら賢いこの男は、電話の着信を確認した時から、ある程度こっちの状況を推察していたらしい。

 

「オイオイ、友達甲斐のないやっちゃな」

 

「スマンスマン。いや、あんまり今までとのギャップが酷いもんでな。ちょっと想像してみたら笑いが止まらんくなった」

 

「ひでーな」

 

「しかし・・・・なんちゅーか、自業自得なんじゃねーかという気がしたもんで、不思議なんだよな。今更、人見知りするタイプでもねーだろうに」

 

「そこよ・・・なんせ敵は『関西村』で固まっててな。無理に割り込んでいっても

 

『なんや、ヨソもんかいな』

 

ちゅー感じで、白い目で見られるしな。

 

そもそも関西のローカルネタで盛り上がってるから、話に入っていけんってのがデカい。まあ、実情のわからんヤツには、なかなか理解できんだろうがな」

 

「なんとなく、オマエのいうことわかる気がするぞ。なんでかってーと、ウチにヨソから来とるヤツラも、かなり浮いた感じのヤツらが多いしな・・・あれ、可哀そうに思ってなるべく声がけするようにしとるんだが、まさかオマエがその立場にいたとはな・・・」

0 件のコメント:

コメントを投稿