(あー、オレは一時の感情任せに、なんて愚かなことをしたんだろう。あんな胡散臭いヤツに、勿体ないことをした。これで明日はカップ麺で我慢だな・・・)
と後悔に苛まれながらも二人前の料金を払って店を出ると、意外にもそこにサギ男が待っていた。
「いやー、ホンマ助かったわ・・・おおきになー。見ず知らずのオレみたいなモンに救いの手ぇ差し伸べてくれはるとは、ホンマありがたいこっちゃ。まだまだ世の中、捨てたモンやおまへんな (*`▽´*) ウヒョヒョヒョ
男はオーバーなセリフで、拝み倒さんばかりの格好だ。
「ははは・・・んなオーバーな・・・」
「いやいや・・・今日ちゅー今日ばっかりは、オレも感激したがな。この借りは必ず熨斗付けて返すやって、名前教えてくれヘンか?
かくゆうオレは、経済学部のダテゆうモンやが・・・」
「いいよ・・・今日の分は奢ったものと思っているから」
「そーはいかへんで・・・このままでは、俺の気ぃが済まへん。なあ、名前くらい教えてくれたってもえーやん?」
「オレは・・・文学部哲学科のにゃべさ」
その後、あのサギ男から金が帰ってくるものとは、最初から当てにはしていなかっただけに
(あれは、ヤツに奢ってやったのだ・・・)
と割り切っていたが、案の定その後なんの音沙汰ものない現実を目の当たりにすると
(勢いとは言え、返す返すもバカな真似をしたものだ・・・そもそも、あんな見るからにインチキ臭いヤローが、わざわざ返しに来るわけねーじゃねーか)
と、しばらく思い出しては後悔した。
この場合、もちろん「600円」という金額よりも、一瞬でもシンパシーを感じた相手に見事に一杯喰わされたという恨みが大きかったが、さすがに時の経過とともにそんな出来事さえ忘れていった。
その後、暫く経った或る日の事。
ラウンジでコーヒーを飲みながら本を読んでいると、アナウンサーか声優のような惚れ惚れする美声で、なにやら弁舌爽やかに滔々とまくし立てる大きな声が聞こえてきた。
(ん?
どっかで聞いたような美声だな・・・?)
と振り返ってみると、驚いた事にあのダテメガネのサギ男ではないか!
例によって、胡散臭い黒縁のダテメガネを斜めにずり下ろしたインチキ臭い風貌で、数人の女子に囲まれながら、立て板に水の如くに熱弁を振るっていた。
実に、この男の話術こそは天才的であった。単に異常なまでに通りの良い声質だけでなく、弁舌爽やかかつ計算され尽くされたような心地よいテンポの関西弁は、まさに詐欺師かデマゴーグ特有の天才的な雄弁の主と言えた。
これがこの男の本性か、先日とはエライ違いだ。振り手振りで、綺麗な女子どもを相手に熱弁を振るっている姿は、さながら街頭演説で無垢な市民を手玉に取る悪玉政治屋を彷彿とさせる迫力だけに、聞き手の女子たちもうっとりと陶酔的な目を輝かせて見つめていた。
ところで、これはにゃべにとって最も許せないタイプなのは間違いない。さらに、この時期は誰からも相手にされず、関西村で孤立を深めていたころだ。これに対し、初対面では自分と同じく孤立してみえたこの男が、実は「関西村の村長」よろしく誰よりもデカい面をして、みなの喝采を浴びて悦に入っているかのように見えただけに、この男のお調子者ぶりが余計に許せなかったとしても無理はない。
(あのサギヤローが、図に乗りおって!
まったく、口だけは達者なヤローだな。
よし、いっちょ驚かしてやるわ・・・)
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