毎日、学食の不味い食事ばかりではさすがに飽きが来るため、その日は珍しくワンランク上のレストランで食事をしていた。
食後のコーヒーを飲みながら一服していると、目の前の席に陣取っていた三人組の男子学生らが、なにやら揉めている。三人のうちこちら向きに座っていた男が、オーバーな身振り手振りで目の前の二人を説得しようとしている様子だった。
「ホンマに忘れたんやって・・・誰が、たかだか600円の定食くらいなものを、たかろうとするかいな」
「いつもの手やな・・・」
「そやそや・・・前にもこの手で、いっぱい食わされたし・・・立て替えた金も、結局ウヤムヤになてもうたわ」
「計画的犯行ちゅーやっちゃで」
「アホ抜かせ・・・」
どうやら、聞こえてくるやり取りから類推するに、こちら向きになっているダテメガネのオトコが財布を忘れたため、連れの二人に立て替えを頼んでいる様子だったが、前の二人は頭から「計画的犯行」と決め付け、まったく取り合っていなかった。
三人の親しげな感じから、おそらく高校の同窓で過去にも「前科」があったのかもしれない。そうした先入主のせいか、ダテメガネにしか見えないような黒縁を斜めにずり降ろして引っ掛けているその男は、見るからに人を騙しそうなインチキ臭いイメージが漂っていた。
「金があれば奢ってやるとこやが、生憎オレも持ち合わせがないよってな・・・こうなりゃ得意の口八丁で、(食堂の)オヤジを丸め込むこっちゃな・・・」
と捨て台詞を吐くと、連れの2人は荒々しく席を蹴って帰って行った。
こうして友人に見捨てられた、惨めな男は
「連れ甲斐のないヤツラや (`Д´)y-~~ちっ」
と、捨て台詞を残し消えていった。
京都に来てまだ友人がまったく出来ないまま日々寂しい思いをしていた男は、目の前で展開されているこのやり取りを「関西村」という別世界の出来事として、ボンヤリ眺めていた。
ところが少し経ってからレジに向かうと、先のダテメガネのサギオトコが、今度はレジのオヤジと揉めているではないか
(゜艸゜;)フ゛ッ
「いや、ホンマに忘れてん・・・そやから明日持ってくる、ゆーとるやん・・・今日の分はつけにしといてーな」
「飲み屋やあるまいし、学食でツケなんてできるかいな・・・なにゆーてんのや・・・」
どうやら、本当に忘れたのかどうかはさておいて、男が金を持っていないのは事実らしかった。
いくらなんでも、最初から踏み倒そうという計画でもないだろうから、忘れたという事自体は満更、嘘ではなかったのかもしれない。
「そこまで言うんやったら、なんなら学生証かて見せてもえーで、オっちゃんよー」
と尚も賢明に食い下がっていたが、こうしたやり取りに慣れているのか、或いは元々クソ度胸が据わっているのか一歩も引くつもりはないらしく、感心するほど堂々たるものだ。このやり取りのあおりで、しばらく待たされる格好になった男は、次第に誰からも信用されないこの男が、なんだか気の毒に思えてきた。
「よーよー分からず屋のオヤジやな・・・」
「オマエこそ、よーよー口の減らん学生やで」
と両者のやり取りも、いつの間にか激烈なものに変って来ており、傍目にも最早収拾は難しい展開に思えた。
「じゃあその金は、オレが立て替えておくよ・・・」
サギ男とオヤジが、同時にキョトンとした顔で振り返った ( ゜ ▽ ゜ ;)エッ!!
元々、このようなバカゲタ義侠心があるわけではないし、ましてや見知らぬ男の食事代を肩代わりするほど、懐が潤っていたわけでもない。それどころか仕送りの貧乏学生の身だから、懐は常にピーピーしていた。
では何故この時、ガラにもない義侠心を起こして、見知らぬサギ男の食事代を立て替えようという気になったのか?
その解は、実に簡単である。京都という見知らぬ地に来て、友人も出来ず日々寂しい思いをしていた事が、その要因に尽きる。この初めて見るダテメガネのサギオトコが実際にどんな学生なのか知る由もないが、皆から信用されず窮地に追い込まれているこの男の姿(実は、まったく誤解をしていたことが後に判明する)が、その時の心境においてシンパシーを感じずにはいられなかったのである。
言ってみれば彼の四面楚歌の状況が、その時の自分の置かれている立場にそっくりではないか、と感じたのである。そのような軽はずみで、自分でも気づいた時に普段ではありえないような、先の行動に出ていたのだった。
「学生はん・・・そらアカンわ・・・」
「なんで?
財布忘れる事くらいあるよ、オレだって」
「しかし・・・」
親父が
(これは忘れたのではなく、計画的な犯行だからね)
と言いたげなのは、もちろん理解している。
「せやけどダンさんもヘッタクレモあるかい・・・アンタは帳尻さえ合やー、そんでえーんやろ・・・これ以上グダグダゆーとったら、教授に報告やるで」
とサギ男は捨て台詞を残すと、店を出て行った。
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