2005/06/02

セピア色の想い出(1)

社長令嬢として、名古屋随一の高級住宅地・東区白壁のお屋敷に生まれたK子(仮名)。当時、名古屋で「白壁のお嬢さん」といえば、だれもが「ホォー!」と溜息をつかずにはいられないほどの金持ちの代名詞だった。

 

子供の時から成績の良かったK子は、中学から同じ白壁に鎮座まします明治22年創立、中部地方では最も歴史のあるミッション系スクール『金城学院』に通う事になる。

金城』とは名古屋城の事・・・創立当時、校舎の屋上から、名古屋城のシンボルである金の鯱が見えた事が、この名の由来である。ただし校舎はその後、大森に移転した。ちなみに『金城学院』の制服は「日本最古のセーラー服」と言われる、伝統的な黒地の襟に白の一本線である。

 

金城学院高等部時代に、親戚の叔母とその娘(『S女学園小学校』生)の3人で、名古屋随一の規模を誇る『東山動植物園』に出かけた或る日の出来事だ(同じくお嬢様学校の『椙山女学園大学』は、この『東山動植物園』すぐ上の閑静な高台に星ヶ丘キャンパスを構え「御三家」の残る一つ『愛知淑徳』も、すぐ近くの桜ヶ丘に中学・高校の校舎を構えていた)

 

叔母さんから

 

「お金は私が持ってるから、あなたたち財布なんか持たなくてもいいわよー」

 

といわれ、無一文で出てきたK子と小学生の姪の2人は、園内の混雑に巻き込まれ途中ではぐれてしまった。思わぬ展開で、無一文となったまま放り出されてしまったK子。小学生の姪を連れ途方に暮れたが、そこは芯の強いしっかり者だけに、すかさず思案算段した。

 

「えーっと・・・お弁当は持って来てるし、後は2人分の入園券を買ってアイスクリームを食べて、帰りのバス代を入れても・・・1000円もあれば、充分足りるんだけどなぁー」

 

と計算を巡らすと、目に付いた管理事務所へ駆け込んだ。

 

「スミマセーン、オジサン!

叔母とはぐれちゃって、お金を持ってないんです。必ず返すから、1000円貸してくださらないかしら?」

 

ところが運悪く出て来た管理人は、高校生の娘にはオジイさんといった方が適当な60年配で、無愛想を絵に描いたような人物だった。

 

「家はどこだい?

齢は幾つ?」

 

など、ぶっきらぼうな調子で質問(訊問?)を浴びせるや

 

「そんなら1000円もいらんわ・・・まあ500円もあれば、充分だわなー。本当なら、金を貸す事はできーへんが、まあしゃーないで、500円持ってきゃあ」

 

「なーに・・・厳めしいオジーサンだこと・・・」

 

と舌打ちしながらも地獄に仏とばかり、ともかくも500円を手にしたK子は入場券を買い求め、姪と持参の弁当をぱくつきながらアイスクリームを買い、バスで白壁のお屋敷に帰るまで、確かに500円でお釣りが来た。

 

さてお屋敷に帰ると、青い顔をした叔母が

 

「まあ、良かった、良かったわ!」

 

と、姪に頬擦りせんばかりに無事を確認して胸を撫で下ろしていると、そこへ鬼の形相で現れたのは「良いとこの出」で誇り高きK子の母だ。

 

「まあ・・・貴方って一体、なんて人なの?

自分の娘の事ばかり心配して・・・ウチの娘は、まるでどうでも良いみたいだわね。  そもそも貴方がボンヤリしているから、こんな事になったのじゃなくて?」

 

と大カミナリが・・・人一倍気位が高く、見栄の塊だった祖母は

 

「若くて向こう見ずなのは良いけど、見知らぬ人にお金を借りるなんて恥と知る事よ! なんにせよ、借りたものは早く返すのが鉄則・・・明日一番にでも、必ず返しに行きなさい」

 

お屋敷の広大な庭には、大きな栗の木があった。伯母は自ら庭に降りると、優雅な手つきで栗を毟り取り、さらに所有の畑からサツマイモを掘り出す事を下男に命じた。

 

(たった500円ぽっち借りたくらいで、そこまでする必要があるのかな?)

 

と、小首を傾げるK子の心を見透かしたように

 

「なんにせよ受けた親切に対しては、こちらも親切で応えるものよ・・・」

 

と、祖母は優雅に笑った。

 

翌日、早速管理のオジサンを訪ねたK子。

 

「オジサン、昨日はありがとう!

御蔭で助かりました・・・これは昨日のお礼です」

 

と、小さな手一杯に抱えた栗とサツマイモの入った袋を差し出すと

 

「ありゃりゃ・・・こりゃ、驚いた!

本当に(返しに)来るとは思わんかったわ・・・それにしても、こりゃ一体?」

 

「うちの庭や畑で獲れたものよ・・・どうぞ召し上がってください」

 

と差し出され、さすがの偏屈ジーさんも目を丸くするしかなかった。

 

後にK子から、その話を聞いた叔母は

 

「そのオジサン、寸借サギかと思ってたのねー。失礼しちゃうわ。このお屋敷見たら、さぞかしビックリするから」

 

と、景気よく笑っていた ヾζ )ゞオホホホホホ

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