2003/07/05

若き闘争の日々・第1章(3)

「今日の午後に、東京から本社社長がおみえになられる事になった
 社長から訓示があるので、皆謹んで聞くように」
 
と勿体を付けた上で
 
「この、社長というお方は・・・」
 
と、実にくだらない自慢話を始めた。
 
内容を書くのも虫酸が走りそうだが、要するに一代で叩き上げてきたその人物が、いかに超人的な人物であるかという事を「販売の神様」だの「人の心を見透かす達人」だのと、使い古された陳腐な台詞を並べ立てながら、臆面もなくこれでもかと持ち上げてみせるのである。
 
このような「生き神様」のような、ありがたーい存在に「拝謁」するような機会は人生においても滅多にない僥倖なのだから、謹んで拝聴するとともに訓話の時は絶対に粗相のないよう注意しろ・・・といったタワゴトが、壊れたテープレコーダーのように、何度も繰り返された。
 
そして、最後には
 
「このお方の特技は、とても言い尽くせないくらいに沢山あるが、その中で最も優れているのは相手の表情を観ただけで、その人が何を考えているのかというところまでを総て見抜いてしまう点である。
 まさに神懸りのようなお方であり、それだから疑いを持ちながら話を聞いていたりするような不埒者は、間違いなくお叱りを受けるであろう・・・」
 
とまで、臆面もない真顔で言ってのけたのには思わず失笑を禁じえず、ジロリと睨まれてしまった。
 
支店長自身が、あたかもインチキ新興宗教の俗物教祖を崇め奉る、盲目の羊と化した信徒の如しの風情で、あまりのバカバカしさに昼休みに抜け出して得意のトンズラを決め込もうかとも考えたが、趣味の悪い事に
 
「果たして、どんな大バカモノが出てくるやら」
 
という好奇心が頭を擡げてきたから、我ながらタチが悪い。
 
そうして昼過ぎには、勿体をつけるためか予定より大幅に遅れて「生き神様」がやって来ると、普段はソファに踏ん反り返って威張りまくっている支店長が、まるで人が違ったようにコメツキバッタよろしく、盛んにヘコヘコとしているさまは、実に滑稽であった
 
 支店長による執拗なマインドコントロールの甲斐あってか、かなり有難がって緊張の面持ちでシャチホコばっていた愚か者が案外に少なくなかったのは情けなかったが、頭から馬鹿にしていたこちらの目には、どう見ても「ありがたーい生き神様」というよりは、単なる「赤ら顔の太った俗物」にしか見えなかった。
 
 ともあれ異様なムードの中で「訓示」が始まった。
 
 (どーせロクな話はしねーんだろーし・・・退屈になりそうだ)
 
 と頭から決め付けていただけに、どんな内容だったのかサッパリ記憶にない 

(というか、まともに訊いていなかったから、記憶に残るわけもないが)
 
と言う事は、途中からでも聞き直したくなるような魅力的な話はまったくなかったという事である。
 
微かに記憶にあるのは、予想した通り酔っ払いが呑み屋でオダを上げて、濁声張り上げ話す程度の法螺話のオンパレードが、延々と展開されたことくらいだ。
 
途中で面倒になるまでは
 
(嘘付け、このデブが! 
 ただの俗物だろーが、オマエは!)

 
といった調子で、例によって腹の中でボロクソに扱き下ろしていたのは、言うまでもない。
 
こうして、ひたすらに冗漫なばかりの「訓示」が終わり、皆が仕方なくつまらない仕事を再開し始めた頃に、支店長からお呼びが掛かったのである。
 
(さては・・・オレの才能を一目で見抜いた? 
 とすれば満更あのタヌキオヤジの話も、法螺ではなかったか・・・?)
 
と半信半疑で支店長室へ行くと、そこには支店長が実に険しい表情で待ち構えていた (キ▼д▼)y─┛~~゚゚゚

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