2003/07/23

嘘八百(若き闘争の日々・第2章)(4)

 「うーん、これは確かに酷いですね。
ただ、これは技術的なミスではなく、あくまで素材の関係の色落ちにしか見えませんが・・・
いずれにしろ、これはデパートの商品のようなので、当初ご了解いただいていたように代替の品に代えさせていただく、という事でいかがでしょう?」

「まあ、待ちなさい。
今、私が問題にしているのは、そのようなことではないのだ!」

というと、客は女子大生の方を指差し

「私は、この人が笑いながら対応しているのが不謹慎だ、と言っているのだ!」

その彼女も今では半ば困ったような、また半ばは既に開き直って不貞腐れたような、なんとも言い難い表情をしていた。

「いいかね・・・これは弁償するからいいだろうとか、そういった問題ではないのだ。

物には使えば愛着が出てくるし、私も長年この財布を愛用して来て、それなりに愛着がある・・・新品に代えるから良い、というものではないだろう。

そうした客の心情も理解できずに、接客なんてものが勤まるものかね・・・ 

え?

それを私が真剣に怒っているのに、笑いながら対応するというのは、こんなバカにしたことはないだろう」

「なるほど・・・趣旨は、よくわかりました。  
物に対する愛着は誰にもあるものですし、それゆえの憤りを理解できず無神経な応対によって気持ちを逆撫でされた点は、僭越ながら私にも理解できるつもりです」

「そうだろう・・・キミぃ?」

困っている女子大生をなんとか助けてやらねば、といった気持ちも勿論なくはなかったが、それ以上に

(ここで、こういう煩い相手にいいようにあしらわれていては、社会人として前途多難だ・・・)

というような、妙な意気込みに突き上げられた、ここは一芝居を打ってやろうと妙に張り切っていた。

「最初にお断りしておきたいのは、彼女とはこれまで一緒に仕事をして来てわかっているつもりですが、決して不真面目とか不謹慎といった人物ではありませんでして・・・

あの色落ちに関しては、彼女も気の毒なくらいに落ち込んでおりました。

あれは決して作業ミスではなく、仕事自体は丁寧に片付いていたのでしたが、どうも素材がデリケートなせいか、薬品との相性がまったく合わなかったようなのです。

受付の時にも説明したかとは思いますが、残念ながら時にはこうしたどうにもならないケースもあるわけですが、彼女などは

(こんなの、お客さんに返せない!
お金は自分で負担するから、最初から新しいのを用意しておこうか?)

とまで、切実に思い悩んでいたくらいで。

しかしながらお客さんも仰っていた通り、モノには誰しも愛着があります。  

新品と取り替えたらいいだろう、などといいう安易な発想は持ち主の気持ちを冒涜するものだから、なにはともあれ先ずはありのままの状況をお伝えした上で、最善の方策を協議するべきだろうと説得した次第でして・・・」

勿論、殆ど嘘八百もいいところだが、すると驚いたことにあれだけ激怒していたその客が、なにやら目を瞠るようにしてニヤニヤと笑みを浮かべ始めたではないか。

「フフン、なるほど・・・それで?」

「笑いながら対応したという点については、確かに不謹慎の極みでありまして、接客業の身としては恥ずべき行為だと思います・・・が、もしかすると昨日からあまりに思い悩み過ぎたために、神経が参っていたのかなとも思うわけで。

言い訳のように聞えるかもしれませんが、元々普段は真面目を絵に描いたような人物だけに、これは責任感に圧し潰されておかしな対応になってしまったのでは、としか解釈のしようがないわけでして・・・」

相手は、案外に大人しく訊いていたが

「そういった事情で、ともあれ結果的にご迷惑をおかけしたことについては、まことに申し訳なく思っております。

それはそれとして、現実問題としてはこうなってしまったものは元には戻らないのは確かなので・・・後は、どう対処するかという話ですが、ウチとしては現実的には代替品を用意するくらいしか出来ないとは思います。

あとはオーナーとお話をしていただく事で、いかがでしょうか?」

「うん・・・まあ、そうだな。
確かに、今となってあれこれ言っても元に戻るものではないからな・・・
後は、明日にでも改めて主人と話をするよ」

と、その客は店を去っていった。

(面倒な後処理は、社長にお任せだ・・・オレはバイトに過ぎないんだからな・・・)

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