2003/07/25

バカモノ(若き闘争の日々・第2章)(5)



「昨日のクレームの客の事だが・・・」

「はぁ・・・?
まだ、なにか文句を言ってましたか?」

「いや・・・どうやら納得してくれたようだ・・・」

「で、結局のところ、どうなったんですか?」

「それがなあ・・・あの財布には愛着があるから、あれはそのまま再度ネームを入れて、新たに同じヤツにまたネームを入れてくれと言って来たのだ・・・」   

と社長は古いのと新品の、同じタイプの二つの財布を取り出した。

「ネームを入れるのはコイツだ」

「新品の方は、代替品?」

「いや、また買って来たのだ。
約束通り、代替品はウチで立て替えると言ったんだが

『色落ちしたのがミスでないのなら、そちらの責任ではないから』

と言ってくれたよ・・・」

「へー。
そこら辺のポリシーは、ちゃんと一貫していたんだ・・・イチャモンをつけて、新品に代えさせようとしているように思われたくなかったんでしょうかね?」  

「そうかもしれん・・・まあ我々としては、そんな詮索をしても仕方がない」   

「しかし最初の剣幕からすると、案外アッサリと納得したものだ・・・」   

「昨日のにゃべっちの説得が、功を奏したかな?」

と普段は無愛想なオーナーが、珍しく笑った。

「社長が上手く丸め込んだ?」

「いや、オレは何もしなかったよ・・・最初から

『事情はわかったから』

と言っていたから、オレも拍子抜けしたくらいで

『ああ、そうですか』

で終わっていたよ」

「なるほど」

「なかなか、やるじゃねーか」

「え?
なんのこと?」

「まあ、いい・・・いずれにせよ、あのような経緯があって今度は特に失敗が出来ないから、こいつに関してはオレがやるよ」

この件が一件落着したその後も、薬剤と素材の相性などもあって同じように色落ちしたり、慣れるまでは名入れ自体にミスをして、一旦消した後が残って『こ れはなんだ?』と問い詰められたりといった事は何度かあったが、どれも大したトラブルに発展するには至らず、それなりに順調な日々が続いた。 

そうして1ヶ月も経過すると、普段はクールを絵に描いたように面白味のない社長が、珍しく目を輝かせながら口を開いた。

「今度から、この店の売り場が変わる事になったぞ・・・」

「へー」

「今まではこんな目立たないとこだったが、今度は非常にいい場所に移る事になったのだ!」

商売人としては勿論、これ以上嬉しい事はないのだろうが、雇われ者たる身にとっては正直なところ今の目立たない場所で、ひっそりと続ける方が良かった (^^)y-o

ただ、これまでが裏側のエレベーターのまん前だったため、エレベーターから降りてくる客に対し嫌でも目に留まる事になっていたのが、気を抜けないプレッシャーとなっていただけに、その点では環境が変わるのは嬉しくなくもなかった。
 
 オーナーの言っていた通り、テナントとしては羨まれるようなフロアの中央辺りに陣取るというロケーションに引越し、いやが上にもこれまで以上に多くの女性客の目に、若いにゃべっち店員の美貌が目に留まるであろう事は、オーナーも期待していただろう。

そんなオーナーの期待を知ってか知らずか、若く好奇心旺盛な店員の心を捕らえていたのは、隣の売り場にあった双眼鏡であった。

(おお、こりゃよく見えるわ・・・絶景絶景・・・)

と密かに何食わぬ態を装いつつ、売り場を眺めたり若く美しい客を探したりと、すっかり双眼鏡に熱中してしていると

「オイ!
ワシの事を双眼鏡で観察していたな?」

と、50代と見える小柄な太ったオヤジが、思わぬ難癖をつけて来た。

「はぁ?」

「惚けるんじゃない!
双眼鏡で客を観察するとは、不謹慎なヤツめ!
実に気分が悪い」

と、眼つきの悪い三白眼でジロリと睨んで来たのである。

「まったく心当たりがありませんが?
なにか勘違いでは?」

言うまでもなく、こんなオヤジなどは見た記憶もないし、そもそも最も興味の対象からかけ離れた存在だけに、間違っても観察するなどはありえず、明らかに不当な言い掛かりだった。

「ずーっとワシの方にレンズを向けていたクセに、よー言うわ。
観察されたワシ自信が言っているのだから、これ以上確かな事はあるまい」

ジロジロと睨みを利かせるような眼つきと、顰めた表情は明らかに喧嘩を吹っかけているとしか思えず、すっかり冷静さが吹っ飛んでしまった (メ`□´)

「それは、何かの勘違いでしょう・・・一体、何を根拠にそのような言い掛かりをつけるのでしょうか?」

「何たる言い草かね、貴様・・・ワシに喧嘩を売っているのか・・・まだまだオマエの様な若造に負けるほど、落ちぶれちゃいないぞ・・・」

と相手が挑戦的に身構えたところで、遂に怒りが爆発した。

「まったく、くだらん事をいうジーサンだ・・・よっぽど暇なのか知らんが相手になってるほど暇じゃねーから、さっさと視界から消えてくれんか?」

するとどこで見ていたのか、フロマネがすっ飛んで来た。

「お客様に向かってなんて口を利くんだね、キミは?
謝りたまえ!」

当然と言えば当然なのだろうが、これだけメチャクチャな言動とはいえ、客に対してはコメツキバッタよろしく平身低頭を繰り返すフロマネは、逆に滑稽なほど居丈高に命じて来たから

(コイツも一緒に、からかってやれ)

と最早、後先の事は念頭から消えてしまっていた(*`▽´*) ウヒョヒョヒョ

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