ポンと後ろから肩を叩くと、しかしながら振り返った男の目には、特別な感情の変化は見られなかった。
「オレの事、憶えてるかな?」
( ´Д`)はぁ?
オマエダレ?
臆面もなくとはまさにこのことだ。
「『オマエダレ』とは、ご挨拶じゃねーか。もう忘れたのかよ・・・ホラ、この前あの食堂で揉めてた時の・・・」
「あ、あん時の・・・誰やっけ・・・名前、ド忘れした・・・」
「訊かれたから、文学部のにゃべだと名乗ったはずだけどな・・・」
「あ、そうそう・・・にゃべや、にゃべや。ようよう、鮮明に記憶が蘇ってきよったわ。あれから気になっとったが、元気やったか?」
名前すら忘れていたのに「気になっていた」もないもんだが、まったくバツが悪い風でもなく平然としたところなど、やはりこの男タダモノではない。
「この前、立て替えて貰った金やけど、幾らやった忘れた。必ず返すわな・・・生憎、今日はちぃーと、持ち合わせがあらへんが、こん次には絶対必ず・・・」
「毎度へんんやろ?
アカンてば・・・人さんに借りたモンを、踏み倒そへんとしたら・・・好意かて一緒に、踏みこかす事になるんやて」
サギ男と会話をしていた美しい女子が、唐突に突っ込んで来た。
「オイ、美和!
人訊きの悪い事、言うなや・・・まるでオレが、毎日毎晩壱年中計画的にやっとるみたいやがな・・・」
「アンタなら、やりそないやわ・・・」
と言うと、この美和と呼ばれた美少女は、こちらに向き直り
「ホンに騙されたらアカンよ」
と、童顔の愛らしい顔に似合わぬキツいセリフを吐いた。
「いや、あれはもういいんだ・・・奢っておいたつもりだから」
当初こそ
(なんであんな見知らぬインチキ臭いサギ男に奢ってやったんだ、バカ!)
などと、強烈な自己嫌悪に陥っていたのは事実だったが、この時に初めて学生ラウンジで「ベルリンの壁」の向こうにいると思っていた関西学生と、こうして垣根を取っ払ったようなフランクな会話が出来たのは正直嬉しかった(この時点では、仮に金銭の打算が絡んだ一時的な関係だったとしても)
なによりも「美和」と呼ばれているすごぶる付きの美少女を始め、数人の女学生とテーブルを挟んだシチュエーションは、まさに入学前にイメージした「キャンパスライフ」そのものではないか!
「いや、オレは必ず返すゆーとるが。たかのしれたハシタ金ちゅーたかて、義理を欠いたら友情が廃るがな」
「たかのしれたハシタ金」とか、イチイチひと言多いヤローだ、とクレームを挟む余地を与えず、すかさず
「それはそーと、オマエは、こっち(関西)モンやあらへんな?
どっから、きよったか?」
「オレは・・・愛知の人間だが」
「愛知ちゅーと・・・どこやったかいな・・・」
「どこかと言っても説明が難しい・・・知らんのか?」
「まあ、なんとなしに地理的にゃあわかる気ぃするけど・・・ちゅー事は、どっちゃにせよこっちの方は、右も左もさらさらわからへんのやろ?
なんやったらオレがそこいら、案内したろってもえーで」
「そりゃ助かる・・・なにせこっちは、右も左もわからない身だからなー」
実際、相当な遊び人のようなこの男の案内であれば、かなり行き届いていそうに思えたから不思議だ。
「ようよう騙されんよう、気ィ~つけてな」
と、別の女学生が茶々を入れる。まことに楽しい展開だ。
「オマエら、エー加減、そのオレに対する誤解をどーにかせーや。そいじゃ、オレが毎日毎晩誰かをダマクラカシ取るようにしか聞こえへんで、そら」
と女学生に凄むサギ学生。とはいえ、この手のやり取りはいつものことらしく、双方楽しんでいる出来レースの色合いが濃厚だったし、女学生らに人気のこのサギ学生に独特のカリスマ性があるのは確かだ。
「おっしゃー、それやったら心斎橋でもどこでもオレが案内したるがな。ヨソもんなら右も左もわからへんのが、いっちゃん困っとるとこやろーからな。そーゆーこっちゃ、遠慮せんとはよーいうもんやで。こないだは、メシも奢ってもうた事やしな・・・」
と、いつの間にやら「奢って貰った」事になっていた Ψ(ーωー)Ψ
0 件のコメント:
コメントを投稿