2005/09/20

再契約(Gシリーズ第5章)前編

 所属会社のS社とは、基本的にまったくの没交渉である。

当初、同じ歳のA代表からは

「月に一回くらいは、こっちへ来てよ・・・」

と言われていたが

「満員の中央線でそっち(神田)まで行くなんて、考えただけでもうんざりするし・・・特別用がなければ、行く必要もないでしょ」

と勝手な理由で断っていた。

月に一度、月末に勤務実績のファイルをメールで送るのみで、現場に入ってからはこれまで一度も本社(名古屋)はおろか、東京本社すら訪ねた実績はない。

それでも過去に二度ほど打ち合わせに呼ばれたが、神田まで行くのが面倒だったため一度は吉祥寺まで来てもらい、二度目は間を取って新宿で待ち合わせた。そして、三度目のお呼びが掛かった。

「まもなく一年が経過するので、一度契約のお話をしたい」

という事で

(そーいや、もう東京に出て来て一年になるか・・・)

と、ある種の感慨があった。

当初の契約は取り敢えずは一年で、その後は双方の話し合いによって決めるという事になっていた。そこで

「まずはN社との話し合いに臨む前に、にゃべさんの意思を確認しておきたい」

と言うのだ。正直なところわざわざ東京まで出て来たが、決して今の現場で満足のいく仕事が出来ているわけではない。一年目で仕方のない部分もあるが、それを差し引いてもやはり今のような管理的なポジションではなく、もっと技術寄りの仕事をしたいという気持ちは強かった。

最初の契約は一年単位だから、ここで辞めようと思えば辞められなくはないはずであり、実際に一年で辞めてしまおうかとも考えた。

前にも述べたように、決して現状の仕事に満足しているわけではなく、仮に別のもっと魅力的な仕事が目の前にぶら下がっていれば、多少条件は落ちても迷わずそちらへ移っていた事だろうが、そんな都合の良い話がタイミング良くあるわけはない。

厳密に言えば、東京に出て来て転職活動をしていた時のデータが残っているため、幾つかの会社からメールやら電話やらでオファーが来ていたのは事実で、その中には直ぐにでも移りたいような魅力的に思える案件も複数あるにはあったが、現実に辞めるとしても申し出てから三ヶ月以上は先になるのだから、その時に声が掛かった案件には絶対に間に合わないのである。

 遡ること一ヶ月。新宿での、二度目の打ち合わせの時に

「まだ少し期間がありますが、にゃべさんの意思を確認しておきたい・・・」

と訊かれた。その時は二度ほど詰まらないミスが続き、モチベーションが下がっていた時で、一年で辞めようかとも考えていただけに

「まだ考えてないですが・・・現状ではどっちとも・・・」

と返事を濁すと

「という事は、一年で辞める可能性もあると言う事?」

と、当然ながら意外そうに問い返された。

「そういう可能性も、なくはない。それ以前に、向こうから辞めてくれと言われる可能性もあるわけで、そうなれば却って考える余地がないから、ちょうど良いとも言えるが・・・」

と言うと

「向こうから辞めてくれという事は、まずないと思います・・・特に問題がなければ自動的に更新される契約であり、今のところ問題があるような話は聞いてないしね」

「最近、二度も続けてつまらんミスをしたんだよね・・・」

「ああ・・・そんなような話は訊いてますが・・・」

「ともかく、もう少し考えさせてほしい」

「わかりました・・・ただし、前にも言った通り仮にどちらの決断で辞めるとしても、最低三ヶ月以上は今の現場に留まらなければいけないので、直ぐに他へ変わるというのは無理だ、という事だけは承知しといてくださいね。或いは後任がなかなか見つからない場合は、もっと掛かるかもしれませんが・・・」

という事で、その時の話は終わった。

それから、およそ一ヶ月。正直なところ自らの気持ちの中で、結論が出ていなかった。

どこの職場にいても不満はあるだろうが、エンジニアとしては技術的な部分に携わるチャンスが少ないという不満は、何といっても大きかった。当初の話では

「国家最高レベルの機密機関であり、セキュリティの最先端技術が身につく」

というフレコミで、その話に嘘はなかったが、ここで言う「セキュリティの最先端技術」には二通りの意味がある。より本質的なところは、確かに「国家最高レベルのセキュリティ技術」ともいえなくはないが、それはあまりに専門的に過ぎて将来、他の現場で使えるものとは思えなかったし、もう一方の通信技術での  「セキュリティの最先端技術」に関しては、それほど高いレベルではないと思えた。

一方、今の職場に留まった場合のメリットは、金銭的な条件の良さに尽きる。 これまでの相場よりはかなり多めの金額での契約となっており、どこへ転職するにせよこの給与を維持するのは至難の技で、下手をすればかなり下がる可能性もありそうだった。

無論、金が総てではないが「お金の問題ではない」というのは所詮はキレイ事であり、やはり金の問題は小さくない。ましてや上京に伴って、ここまでかなり無理をして持ち出しをして来た事を考えれば、これだけの差は無視出来ない大きさと言えた。

とはいえ、まだまだ管理職に治まるつもりはないし、技術者としては歳を取る毎により高いスキルが求められ条件が厳しくなってくる中で、漫然と過ごしているわけにもいかないから、簡単に結論の出る話ではない。現実問題として生活もようやく落ち着いて来たところで、また転職活動をするとなればしんどいところもあるし、次の仕事が決まるまでに思わぬ時間が掛かったりして、結局は途中で妥協しなければならない可能性も考えれば、やはりこのタイミングでの冒険は難しかった。

そうした経緯で、今の現場の展開をもう少し見ながら、依然として新たな展開が図れそうにない場合、改めて転職に本腰を入れれば良いのではないか、と結論付けたのである。

そうして臨んだ打ち合わせの席で、早速A所長から

「N社からはやはり、是非再契約をお願いしたいと言って来ておりますが・・・どうしましょう?」

と、低い姿勢で切り出された。

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