ところで、このR氏は非常な変人であった。責任者のH氏とK氏は極めて温厚な常識人で、N氏は頑固オヤジを絵に描いたような硬骨漢なのに対し、R氏だけはユニークというかなんとも掴み所のない、わけのわからない性質の持ち主だった。
総責任者のH氏からは「最高の頭脳」とまで絶賛され、信頼される賢さは確かに認めないではないし、技術的にも相手が遥かに上であった。唯一、互角に対抗できるのは通信技術の知識(と頭脳)くらいのもので、総ての分野にオールマイティなR氏の凄さは、素直に認めざるを得ないところだ。
(あれほどの知識を維持しているからには、日々相当な勉強をしている事だろう・・・)
と思っていたのだったが、驚いた事に隣に座っていてわかったのは、このR氏が勉強している姿を殆ど(というより、まったく)見た事がない、という事実である。
喫煙所でよく会う若いK君(24歳)は、いつも最後列の自席から皆の様子を覗いているらしい。
「R氏は、いつも何をやってるんだ?」
と訊いてみると
「ヤツは、いつも2ちゃんねるばっかりやって、遊んでますよ・・・」
と口癖のように言っていたが、これでよく日進月歩の業界最新技術を的確に把握出来ているものだ、とある意味感心する。
元々、大阪人らしく口数が多い御仁だが、独り言も半端ではなく一人でPCに向かいながら
「あー、ムカつくー」
「あれっ?」
「うそーっ!」
といった調子で突然大声を張り上げるのには、当初は驚いたものだった。
しかも風邪を引きやすい体質は本当らしく、よく咳き込んでいたがやたらと休んでばかりいて、特に金曜とか月曜の休みが圧倒的に多いという怪しさだ。
ある月などは金曜の4週総てに休んだほどで、酷い時は木曜・金曜辺りから火曜くらいまでは、平気で休み続ける。年休が繰り越しで40日あるとはいえ、毎月コンスタントに3日以上は休んでいるから、遥かに超過しているハズなのだが・・・
「ネラー(ワタクシがこっそり付けた渾名)って、金曜とか月曜によく休むよな?」
とK君に言うと
「どうせズルでしょ。以前から、ああだから・・・」
と吐き捨てていたが、事実そういう時は前日の午後になると急にマスクをつけたりして
「あー、もうマジでえらいわ・・・しんどいし、もうアカン・・・ゲホッ」
と聞こえよがしの独り言で、アピールを始めるのが常だった。トラブルなどで、勤務が深夜に及んだ翌日に休んだりすると
「どうせ寝坊して、来るのが面倒になったんでしょ」
とバカにしていたが実際、定時過ぎに責任者のK氏へCメールで
「体調不良のため、休みます」
で終わりだったから、あながち的外れでもなかったようだ。
そんないい加減な人間性は皆に知れ渡っていたが、口八丁手八丁の明るい性格と圧倒的な技術力は誰も足元にも及ばないから、文句を言うものはいないのをいい事に、やりたい放題である。ところが、ワタクシがこの現場に入って半年もすると、密かに
(まったく、いい加減なヤローだ・・・)
と氏の事をバカにしていたのだったが、このワタクシが「R氏にタイプが似ている」と言われている事がわかった (; ̄ー ̄)...ン?
(んなアホナ・・・)
と思いつつも考えてみれば、確かにベンダーから業務関係の機器が納品された時の操作説明の際、または何か新しい仕事に取り組む場合に皆がせっせとメモを走らせているのをよそに、これまでの知識と記憶だけに頼って一切メモなどを取った事がないのは、ワタクシもこのR氏とまったく同じだ。そして実際に使わなければならなくなった時は、今更誰かに訊けないので記憶と勘を頼りに、どうにか使いこなそうとするところも同じなのである。
ミーティングなどでもメモ用のノートはおろか、ペンすら持たないで参加しているのは、確かにワタクシとR氏だけかもしれない。マシンを操作する際にも、面倒だからとマニュアルも持たず手ぶらで行って、勘と記憶を頼りにやろうとするところも、やはり同じである。ただし、自分の技術力にはワタクシ以上の自信を持っているR氏は、マニュアルに書いてない独自のやり方で独走して、トンデモナイミスを仕出かす事も多かった。
そんなわけで
「スキル的には化け物だが、いい加減なところは良く似てる」
などと言われるハメになっていた。
元々このR氏は、誰に対しても愛想の良い八方美人なのだが、なぜかワタクシとだけは最初から、まったくソリが合わないのである。なにしろずっと隣の席に座っていながら、互いに滅多に口を利いた事がない。2人とも他のメンバーとは、それなりに普通の関係であるにも係わらずである。
技術的な事でやむを得ずやりあう時は、常に喧嘩のような状態になってしまうのは、なぜかR氏がやたらと興奮して喧嘩腰になるからで、最初だけは我慢していたワタクシも、今や本性丸出しで一歩も引かないから、激しい言い争い(というか怒鳴りあいの大喧嘩に近い)になる。
なにしろワタクシにとっては、何故R氏がワタクシに対する時だけ人が変わったように喧嘩腰になるのかが、サッパリ理解出来ないのだ。元々、誰に対しても、ぞんざいな口調と高圧的な態度で歯に衣を着せず、ズバズバと言いたい放題のワタクシなんぞとは違い、普段は10歳以上も歳下や後輩に対しても「さん」付けで、案外に丁寧な口調で気を使って話すR氏なのである。
「なんでアイツは、オレにばかり厳しいのか・・・ムカつくやろーだ」
いつか激しくやりあった後で、喫煙所に来たK君に憤りをぶちまけると
「Rさんも、それだけにゃべさんに対してだけは、危機感を持っているんじゃないですか?
ボクとか他のやつらに優しいのは、気持ちの余裕があるからでしょ・・・にゃべさんの事は、それだけライバル視してるんだと思いますよ」
とか言っていたが・・・しかし、技術的にはまったくどう逆立ちしても、ヤツにだけは全然敵いっこないのだが。
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