チャイコフスキーの音楽は、冒頭から魅力的なメロディーでリスナーを圧倒するのが特徴だが、この序曲も印象的なオープニングである。邪悪な妖精カラボスを表す暗くリズミカルな主題が重厚に演奏され、いやがうえにも物語への期待が高まる。この印象的なオープニングに続き、イングリッシュホルンが対照的になだらかに流れるように、リラの精のテーマを奏する。2つの主題はバレエ全体を貫くライトモチーフとなり、リラの精の主題が大きく盛り上がった後に、第1幕へと続いていく。
サンクトペテルブルクの帝室劇場総裁イワン・フセヴォロシスキーが、チャイコフスキーにペローのおとぎ話『眠れる森の美女』
に基づくバレエの音楽が欲しい、という手紙を書いた。それまでチャイコフスキーは、バレエ音楽の作曲経験は『白鳥の湖』のみ。しかもライジンガーやハンセンが振付けて、モスクワのボリショイ劇場で初演したバレエ『白鳥の湖』は、当時ほとんど歓迎されることのない作品となっていた。その3ヶ月後、やっと台本を手にしたチャイコフスキーは、躊躇うことなく新作バレエの作曲を引き受ける。
『眠れる森の美女』の作曲に当たりチャイコフスキーが取り組んだ台本は、ペローの童話を基にフセヴォロジスキーが書き下ろしたものとされる。王女の両親が娘の100年の眠りを生き長らえて、眠りから覚めた姫の晴れの婚礼を見届けるという部分や、王子のキスで目覚める部分などはグリム童話の「いばら姫」に近いが、フセヴォロシスキーはペローやオーノワ夫人など、フランスの童話の幾つかの話も台本に採り入れた。チャイコフスキーはこの台本を読んで大いに感動し、それを最高に生かす良い着想を得たことをフセヴォロシスキーに嬉々として伝えた。
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