高校選手権後に3年生が引退して新チームが誕生し、新キャプテンにはドージマが選出された。
旧チームで2年生は、にゃべ、ゴトー、ドージマの3トップを含めた4人で残りの7人は3年生だったから、レギュラーの顔ぶれがガラリと入れ替わったのは当然だ。だが、センターフォワードのドージマと、両ウィングのにゃべ、ゴトーという『A高』が誇るゴールデントリオだけは不動と思われたが、新キャプテンのドージマから思わぬ宣告がなされたのは、まさに青天の霹靂だった。
「オレは、OH(オフェンシブハーフ)に下がることに決めた。したがって、これからセンターフォワードは、にゃべ、ゴトーの2トップとする!」
この「重大発表」には、あちこちから大きなどよめきと戸惑いが起こったのも無理はない。言うまでもなく、サッカーで「センターフォワード」と言えば、野球で言えばエースピッチャーか4番打者に等しいポジションであり、誰もが憧れるポジションだから、それを自ら降りようなどという選手はいないと考えるのが、この世界に生きる者の常識だ。
みなのどよめきが静まるのを待って、ドージマが再び口を開いた。
「オレはキャプテンとして、少し下がって前線を見渡せる位置でゲームをコントロールする。今更3トップでもねーし、今や世界のサッカーは司令塔がゲームをコントロールするのが主流だ。にゃべとゴトーには、これまで通り点取り屋として存分に暴れてもらいたいが、お調子者の2人の手綱を締める役が必要だ。それをオレがやろう・・・いや、それをできるのはオレしかいないということだ。これがチームにとって最良という判断で、それ以外の理由はない!」
と、ドージマは宣言した。
「2人に異存がなければ、早速、今日から新フォーメーションでやっていこうと思うが・・・ にゃべ、ゴトーよ、どうだ?」
「無論、異存などあるわけねー」
と先に応じたのは、にゃべだ。
「うむ・・・ゴトーは?」
と振り返ると、にゃべ同様に飛びついてきそうなゴトーが、何故かしかめっ面をしている。
「それで・・・オマエは、本当にそれでいいのか?
選手権ノーゴールのまま、リベンジしなくてもいいのか?」
「それは、どういうことだ?」
「いや、オレがもしオマエの立場だったら、選手権ノーゴールは死ぬほど悔しいからな。少なくともセンターでリベンジするまでは、誰にも譲りはしねーだろうからな。これは、おそらくにゃべだって同じだろう?」
「ん?
そんなこと、まったく考えてもなかったぞ・・・」
というと
「このバカヤローが!」
と、ゴトーが悪態をついた。
「バカヤローとはなんだ!
ひと言で言うなら、アイツはオレやオマエよりも大人だってことよ。以上!」
と応じると、ゴトーから睨まれたが
「確かに、オレだって選手権ノーゴールの悔しさは忘れちゃいねーし、そこまで心配してくれるゴトーの気遣いは嬉しい。だが、それはあくまで個人の事情であって、まず考えるべきことはチームの勝利さ。考えるべきは、チームの勝利のためにどうするのが最善か、という一点よ。チームの勝利のためには、確実にゴールを決められる点取り屋が前にいることが重要だ。だとすれば、2試合ノーゴールのセンターフォワードは失格じゃねーか。それは、それなりのケジメもつけなきゃならん。決して思い付きとかじゃねーってことは、にゃべの言う通りだ。
勿論、チームの勝利という大テーマの蔭に、オレ個人として選手権ノーゴールの悔しさも忘れたわけじゃねーから、その借りは必ず返すつもりでいるさ。 が、それをチームの勝利に優先は出来んし、リベンジするのは必ずしもセンターじゃなきゃいかん、というわけでもねー。
ただ、オレも決してセンターが嫌になったなんてことはねーから、ゴトーが反対と言うなら今まで通りでもいいんだぞ」
(コイツは、なんて大人なんだ・・・)
と、感心しているにゃべの傍から
「オイオイ、オレに下駄を預けようってのか!
うーむ・・・これは難しいなー」
と、なにやら勘違いに悩んでいるゴトーが、珍しく気弱そうにこちらを盗み見たから、苛立ちは頂点に達した。
「オマエが少ない脳みそで何をそんなに悩むのか、オレにはサッパリわからん!
天下のキャプテンがそんなに気前良く、センターの座を譲るわけがねーだろが!
ヤツはセンター失格の烙印を押したら、即刻実力行使でも乗っ取ってくるんだから、余計な心配は無用だってのに!」
「実力行使とは、穏やかじゃねーが・・・まあ、考えは間違ってなーかもな」
と、ニヤリと笑うドージマ。
「おっしゃ。そこまで言うなら、オレらはもうオマエのリベンジなんぞには構っちゃいられん!」
とゴトーは例によって天然っぷりを発揮し、一人勝手なトンデモ勘違いの別世界に飛んでいた?
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