2005/01/15

悪魔の囁き(反乱シリーズpart1)

  人間誰しも、それほど単純な生き物ではない。心に住む悪魔と常識的な部分との、非常に危ういバランスの上で日常生活が成り立っているのだろう。わけても、にゃべの心の中に生息する悪魔は非常な悪戯者らしく、平穏無事でありきたりな生活などもっての外とばかり、常識の壁をぶち破らんと虎視眈々とチャンスを狙っているかのようであった。

 

高校2年といえば、いわゆる思春期であり人生においても最も多感な年頃であり、人一倍デリケートだった自分こそは、この悪魔の恰好の餌食である。

 

不登校・・・

これが、この時期のにゃべを蝕んだ、病名である。通常は「登校拒否」などといわれ、その原因としては学校でイジメにあったり、或いは成績が芳しくないところからくる受験ノイローゼだったりというところが、一般的に登校拒否に至る通り相場だろう。ところが、自分の場合はそういったハッキリした理由がなかっただけに、却って始末が悪かった。

 

成績は中学時代に比べれば格段に落ちたとはいえ、まだまだそれなりの上位に位置していたし、イジメなどともまったく無縁(そもそも進学校だった『A高』では、いじめの主体となるべきツッパリグループが存在しなかった)であった。

 

元々、普通の会社勤めのいわゆるサラリーマンになるイメージはまったくなく、したがって成績や進学に対しても、まったくといって良いほどに拘りなかったから勉強の意欲もない。唯一、生き甲斐はサッカー部での活動くらいだったが、自分が立つつもりだったインターハイや全国選手権出場の難しさは、予想を遥かに超えていた。到底、実現しそうにもない厳しい現実のジレンマとの葛藤も、大きなトリガーであったかもしれない。

 

「大学受験にしか役立ちそうもない勉強のためだけに毎日学校に出て、一度しかない青春を無駄に費消しなきゃいかんとは、どう考えても理屈に合わん・・・」

 

決して学校が憎かったり、学生生活がつまらないということではないが、あらゆるものに虚無感を募らせていった結果の不登校であった。

 

 学校で、ブロイラーのように飼い慣らされる無駄な時間をそっくり自分のものに出来れば、生産的なことがかなり出来るはず、と思い立ったうえでの仮病を使った不登校だったが、いざ学校から開放される(?)と何をやっても集中力に欠けるのは不思議なものだ。

 

暇を持て余した挙句に、母親の書庫から拝借した乱歩の怪しい世界に耽溺した。少年探偵団や黄金仮面などの活躍するスペクタクル物は、中学時代に図書館で読破して来ていたが、陰獣や鏡地獄、パノラマ島奇談といった乱歩ワールドにすっかり嵌り、昼間から雨戸を閉め切った暗い部屋に篭る不健康な日々を過ごすこと数日、という有り様だった。

 

「イカン・・・これでは堕落だ」

 

ズル休み数日目にして、早くも時間を持て余し始めた事も手伝って

 

「いっそ、バイトでもするか・・・時間の切り売りみたいなところは同じだが、金を稼げるだけまだしも生産的だからな・・・金さえ稼げれば、煩い親元を離れて独立できるチャンスも・・・」

 

とバイト情報誌を品定めし、その中から名古屋駅地下街にあるカジュアルブティックの店員募集に目を付けた。

 

煩い親の目を盗むようにして、面接を受けに行く。

 

「K大受験に失敗し浪人中。現在19歳」

 

と身分を偽り、念のため卒業高校も別の名を書いたデタラメな履歴書だが、30半ばくらいの社長は

 

「ウチは、若い女性のお客さんがほとんどだからね。君ならオレのイメージにピッタリだし、早速明日からでも来てくれるかな?」

 

と大乗り気だったから、その場でトントン拍子で話が進んだ。

 

当時は、人手不足の時代。面接といっても、若い女性が対象のブティック店員とあってか、もっぱら容姿を観察されるのみで面接らしい質問が飛ぶこともなく、トントン拍子にバイト採用の運びとなった。

 

社長はたまに顔を見せる程度で、実際に店を取り仕切る店長は、30歳そこそことまだ若い(当時は、かなりのオジサンに映ったものだったが・・・)

 

3人いた先輩に当る女性店員も、いずれもが女子大生や専門学校生で20歳前後と若く、客層も聞いていた通りに殆どが若い女性ばかりという事もあり、案外気楽な初仕事の船出となった。

 バイト先のカジュアルブティックは、扱うモノがモノだけに学生くらいの若い女性客が圧倒的だ。入れ代わり立ち代り現れる女性客の眼に、17歳の紅顔の美少年にゃべっちの美貌が、眼に留まらぬはずはない

 

さすがにオシャレな都会の若い女性たちだけに、日頃見慣れたA市の学校の女学生に比べ、そこはかとなく垢抜けた様子のいい女性が目に付いた。

 

客に対しては、表向き「ファッションアドバイザー」という事になっているため、付け焼刃の知識ながらも次々飛んでくる質問に応えなければならない。が、幾ら身構えたところで、年恰好からいってもまだまだ新人ということはバレバレなので、商品に対する質問よりは個人的な興味から、話を持ちかけられる事が多かった。中には、露骨なモーションを送ってくるような積極的な客も何人かいたし、隣の旅行代理店の女性社員からお茶のお呼びが掛かったり、若い男性社員からも何故か気に入られ

 

「暇な時は、ぜひ遊びに来てよー」

 

と、何度かお迎えにも来てもらったりした。

 

商品を卸しに来るメーカーの社長にも気に入られて、直ぐに仲良くなるなど『A高』におけるのと同様か、あるいはそれ以上に、若き人気者ぶりを発揮した。そんなこんなで、これまで体験したことのない都会での仕事は、若いにゃべには良い意味で大きな刺激に溢れた体験の連続となった。

 

が、反面では朝9時半-8時まで通しでの立ちんぼと、接客仕事だけに無意識のうちに気疲れも多くなり、いつしか周囲からの影響もあって煙草が習慣となっていた。喫煙コーナーで一服中だけは客から開放される役得に加え、都会の人並みの流れは好奇心旺盛な少年にとっては、恰好の人間観察の場でもある。ほんので始まった喫煙だったが次第に本数が増えていき、いつの間にか洋モクを横咥えにするのが習慣となった (--)y-゜゜゜

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