2005/01/24

覚醒(反乱シリーズpart6)

バイト先のカジュアルブティックをクビとなり、あてどなく地下街をぶらつくうちに件のブティックに商品を納入していたジーンズメーカーの若社長とバッタリ出くわした。

 

店長とは始終一緒にいて「怠け者」の本性を知られていたせいか、イマイチウケが良くなかったようだが、その若い美貌と持ち前の明るい性格で商品の納入にやってくるメーカーの担当者には、軒並み好かれていたにゃべ。中でも、このジーンズメーカーの若社長は非常にヒョウキンな人物で、バイトのスタッフの間においても最も人気のある人物で、この人とは特に仲が良かった。

 

「オー、にゃべ君!

今、納入してきたとこだよ。姿が見えないと思ったら、こんなところに・・・今日は休みなの?」

 

例によって、人なつっこい笑顔で話し掛けてくる若社長である。

 

「実は・・・あの店、辞めたんですよ・・・」

 

クビになった』と言わないところが、若さゆえの矜持であった。

 

「えーっ? 辞めっちゃたの?

そりゃ、残念・・・楽しみが減っちゃうなー」

 

と、相変わらず口が巧い。

 

「で、次の仕事は、もう決まってるの?」

 

「いや、まだ・・・これからボチボチ探そうかなと・・・」

 

「そうか・・・なんならウチに来ないか?」

 

この若社長の会社は、岐阜にあるという事は以前に訊いていた。

 

「確か、岐阜でしたよね? 社長のとこは」

 

「岐阜と言っても市内だから、ここ(名古屋)からは近いよ。にゃべ君のA市よりは、遥かに近いはずだぞー。にゃべ君も、いずれは名古屋に住むんだろーし、名古屋に越して来てウチへこればいいじゃん?」

 

あくまでも気軽なのが日頃からのこの人の持ち味だが、この提案には大いに食指を動かされた。

 

(名古屋に住んで、岐阜のこの人の会社に就職か・・・そんな新生活も、案外と刺激的かもしれないな・・・)

 

勿論、この社長がどこまで本気だったかは測りかねたが、これまでの一切のしがらみを断ち切っての「名古屋での新生活」の幻想は、若いにゃべにとっては刺激的かつ魅力的に思えた。

 

「もし本気でやる気なら、住むところとかはオレの方でも、いい具合に考慮するよ」

 

とまで言われ、その気になりかけた。何故か、弟の独立を熱心に奨めていた兄のマッハからも

 

「独立するんなら、オレが面倒見てやってもいいぞ。金の方は無理だが、物件探しとかならオレも力になれるし・・・なんなら住居が決まるまで23ヶ月くらいなら、オレのところにいても構わんし・・・」

 

と信じ難いような、親切な申し出もあった。元来が薄情な性質だけに、これを聞いた母も姉も口を揃えて

 

「アイツがそんな事を言うとは、なんだか信じ難いわね・・・なにか魂胆があるとしか思えないよ」

 

などと、ボロクソに扱き下ろされていたが。

 

ともあれ、若者なら憧れそうなシュチュエーションが、より具体性を帯びて目の前にぶら下がって来た事により、変身願望の強かったにゃべとしては、単なる思い付きを超えたイメージの実現に向け、真剣な準備に奔走を始めようかという時期を迎えた。

 

思いたったが吉日とばかり、まだ学校を中退する決意が付かぬ中途半端な気持ちのまま、早く親元を離れて独立したい一心で再び兄マッハのアパートを訪れた。が、そこに待ち受けていたのは「非情な現実の壁」だった!

 

「いるかー?」

 

「オー、なんか用?」

 

小説の製作に没頭しているような姿・・・その口調は、心なしか乾いたものだった。

 

「いや、実はね・・・この前も少し話したけど、やっぱりオレも独立しようかと思ってね・・・物件を見に行きたいんだけど、この前一緒に来てくれるとかいってたから・・・」

 

「それがオレに、何の関係があるんだ?」

 

マッハの口調は、ビックリするほど冷たい。

 

「え・・・?」

 

「オレは今、忙しくてそれどころじゃねーよ。オレに言われても知らんぜ・・・」

 

向こう向きのままで答えたその口調は、つい数日前

(独立するんなら、オレが面倒見てやってもいいぞ)

と言っていた「優しい兄」のそれではなく、やはり母が見立てたように彼本来の冷淡さに還っていた!

 

「この前は、力になるとか言ってたくせに、なんだ!」

 

「わりーが今はそんな状況だから、また今度にしてくれんか・・・」

 

さすがに気が咎めたか、とってつけたようなこんなセリフも部屋の奥の机に向かったまま吐くところが、一層の虚しさを誘うばかりであった。

 

さすがに激しい憤りから、母と姉にこの話を聞かせると・・・

 

「あれの事だから、そんな事だろうと思ったよ・・・どうりで最初から、話がうますぎたわ・・・」(母)

 

「そんなら最初っから、バイト先になんか来なきゃえーのにねー・・・まったく、何を考えてんだか・・・」(姉)

 

「何か、寂しい事でもあったんのかねー?

いずれにしても、あんな薄情な男を頼ってちゃダメだという事が再確認出来ただけでも、案外収穫だったのかもね。あんなの兄の価値は全くないね」(母)

 

と、さすがに呆れていたが。

 

しかしながら、この出来事を境に独立の熱に浮かされたにゃべの夢が醒めて来たのも事実であるから、この出来事は冷淡な兄の齎した副産物とも言えた。

 

この頃、哲学に興味を持ち始め、小説よりは哲学書に親しむ機会が多くなっていたが、その中に、誰の言葉だったか忘れたが

 

『未来は連続した過去の延長線上にある。人間は過去の頚城を断ち切ることは出来ない』

 

といいうのが、この時の心にグサリと突き刺さった。

 

考えてみれば至極当たり前のことを言っているに過ぎないのだが、当時の心境ではあたかも自らの現実からの安易な逃避を諌めているかのように感じられたのである。

 

もうオバタリアンのお守などはゴメンだなどと言いながらも、その実オバタリアンさえあしらえなかった己の未熟さを省みる。社会人になるためには、まだまだ未熟過ぎる己を実感した。

 

こうして社会の厳しさの一端を体験した事で、空しいまでに無意義に思えたこれまでの学生生活も

 

「やはり、あれはムラの言っていた通り、必要なモラトリアム期間なのだろうな・・・」

 

と、改めて悟った。

 

「よーし、学校に行くか。最初だけは、ちょっとカッコ悪いだろーが・・・果たしてムラやゴトーら心配してくれた友たちは、こんなワガママなオレを以前のような暖かさで迎えてくれるかな?」

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