2005/01/18

生涯唯一の蜜月(反乱シリーズpart3) 

  ある日、バイト先のカジュアルブティックに突然、なんの前ぶれもなくマッハがひょっこりと現れたから驚いた。

 

「あれれ・・・なんで、ここがわかったの・・・?」

 

「フッフッフッ 驚いたか ( ̄ー ̄)ニヤリッ」

 

その独特のニヒルな笑いは、紛れもなく数年ぶりに見る兄マッハであった。

 

「ウチに電話したら、ここの地下街でバイトしとると聞いたもんでなー」

 

大学生となり、上京するとともに家へ帰ってくる事が少なくなって、在学中からイマイチ消息が良くわからなかったマッハだったが、年齢だけは昔も今もにゃべより7つ年上のはずだから、この時点で24歳になっていたはずである。

 

「それで・・・あれから(上京後)、どうなったんだよー?」

 

「そんな話は後でいいだろ・・・ともかく、ここの仕事は何時に終わるんだ?」

 

8時までだけど・・・?」

 

8時か・・・んじゃオレは、そのころにまた来るから・・・」

 

と言い残して、一旦去っていったマッハ。そして8時の閉店を前にして再度やって来ると、柱の蔭に隠れるようにして弟を待つ待つ、兄マッハの姿があった 壁|д ̄)

 

「終わったよー」

 

「んじゃ、ともかくメシでも食いに行くかー」

 

と地下鉄に乗り、まずはマッハのアパートへ。六畳一間に、申し訳程度のキッチンがついたそのアパートは、地下鉄の駅から直近くというのが唯一の取り柄の、実に簡素な(というよりは、オンボロの)アパートだった。

 

「まずはメシでも」という事になり、アパート近くの「つぼ八」へ。

 

「もうオマエも、少しくらいは飲めるんだろう。なんか食いたいのが、あったらドンドン注文して良いぞー。遠慮などは要らん」

 

と、ビールと料理を気前良く注文するマッハ。子供の頃から「ドケチな薄情者」で知られた兄には信じられない言動の連続に、ただただ戸惑うばかりのにゃべであった ( ´Д`)はぁ?

 

居酒屋独特の雰囲気に気分が乗ってきたのか、普段は極度の秘密主義者であったあのマッハにしては、珍しく口が軽い。初めて飲むビールに、ほどよく酔ったにゃべも良い気分となった。改めて消息を訊ねてみると、驚いた事に東京の大学を出るや直ぐにこちらへ戻って来ていたらしく、今は先の名古屋のアパートに部屋を借り住んでいる、という話だった。

 

 ということは、既に1年半前には名古屋に帰ってきていた計算になるが、その間一度として帰宅した事がなかっただけに、家族の誰もがまだてっきり東京にいるものと思い込んでいたのである。それだけに(いつものことながら)、この出し抜けの訪問には、ビックリであった。

 

「オレは前から言ってるように、家(商売)を継ぐつもりなどは、最初から毛頭ないからなー。オマエがやりたければやれば良いし、自分の好きな事をやっていけばいいんだよ。継ぎたくなければ、誰も無理にやる事はないんだ・・・どうだ? まだ何か、食いたくねーか?」

 

「うん。このホッケが美味いねー」

 

「確かに、これは美味いなー。よーし、ホッケもう一匹追加だ!」

 

数年ぶりに姿を現したマッハは、なぜか無気味なほどに人が変わったように「優しい兄」だった。

 

が、結論から言えばにゃべがマッハに奢ってもらうのは、これが最初で最後の事となる。ともあれ、居酒屋を出た兄弟。

 

「じゃあ、アパートへ帰るか・・・」

 

「その前に、あの喫茶店に行かないかな?」

 

「オマエは、喫茶店の好きなヤツだなー」

 

「いや本当は、あの隙間風ピューピューの寒いボロアパートに帰りたくないだけだよ・・・」

 

「クソ、こいつ!」

 

喫茶店でさらに取り留めのない議論を戦わす、にゃべとマッハの兄弟。かつてはまったくガキ扱いされ、長年「凄く賢い」と思っていたマッハと、こうしてようやく対等な議論が交わせるようになった事に感慨が湧いた。

 

内心では、密かに

 

「オマエ、学校の方はどうなったんだ?」なんて訊かれたら、どう言い抜けようか?

 

と案じていたが、実際に訊かれたのは

 

「ところで、オマエは・・・今、幾つだったっけ?」

 

という兄の立場にあるものとしては耳を疑うようなセリフだった。

 

もっとも、こちらにとって、これは好都合で

 

19歳・・・T大受験に失敗してね・・・浪人中だよ」

 

と、誤魔化しておいたが  (--)y-゜゜゜

 

 子供の時から極度の暑がりであり、また寒がりでもあったマッハ。アパートでは、六畳一間に石油ストーブだけでは足りず、電気炬燵を「最強」にして腰まで潜り込んでいたのは、かつて実家でいつも見ていた御馴染みの光景だった。

 

部屋の中でも上半身は、ジャンパーを着たままである。

 

「そういや、デザイン事務所とかに勤めているとか訊いてたけど、どーなった?」

 

「ああ、前は勤めとったけど、あそこはもう辞めたな。今は小説を書く時間が欲しいから、工場にバイトで勤めているんだ」

 

「えーっ?

工場なんかで働いてるの?」

 

「ああ。工場ってのは、夕方5時かっきりに終わるからな・・・それからは小説を書く時間が、たっぷり取れるのがいいんだよ」

 

「そういえば、以前から『作家になる』とか言ってたんだっけ・・・本当にまだ、小説を書いていたんだ・・・」

 

「当たり前だろ!」

 

というと、狭い部屋のあちこちに出来た雑誌の山から1冊を取り出したマッハ。

 

「見ろよ、これを」

 

権威ある小説雑誌」とやらのSF大賞選考発表には「佳作」やら「最終選考」に通ったマッハの名が、確かに刻まれていた。

 

「これなんか有名な雑誌なんだぞー。今、最終選考に残った5人の中にオレが入ってるだろ。これは、良く書けたからなー・・・うん。大賞(百万円)を取ったら、なんか奢ってやるぞ」

 

などと、意気軒昂だ。

 

「しかし・・・工場勤めなんて、面白いのかな?」

 

「面白いわきゃねーだろが、あんな単純作業が・・・あんなのは所詮、メシのタネだからな。いずれは小説家になるんだから、仕事なんてなんだっていーんだよ。工場の仕事は時間にきっちり終わるし、仕事は単純だけど割りも良いからオレにはうってつけなんだな。まあ、頭の固いオヤジなんかとは価値観が違うから、説明するだけ無理だろーが・・・」

 

「だけどさ… 作家なんて、誰もがなれるわけじゃないし・・・一生メが出ないまま死んで行くヤツってのも、結構多いんじゃないの?」

 

「寧ろ、一生メが出ないまま死んでいくヤツが殆どだな・・・成功するのは、ほんの一握りだからな」

 

「じゃあ、もしそうなったらどうすんの?」

 

と意地の悪い質問をぶつけると、マッハはタバコの紫煙を大きく噴き上げた ( -ω-)y─┛~~~~

 

「オレは、そうはならん!」

 

「そんなの、わからんじゃん?」

 

「まー、わからんわな・・・才能あるものが、必ずしも世に出るってわけでもないからな。しかし、それはそれで仕方ねーだろ?」

 

「それじゃーさ、効率の悪いギャンブルのようなもんじゃないか?」

 

「バカめ!

元々、人生なんてギャンブルよ。うん・・・確かに必ずしもいいものが目に留まるという保証はないからな。しかしオレは自分のために、良きものを創り続けるのだ・・・世間が認めようが認めまいが、オレはそれで良いのだ・・・」

 

(そんな人生って、ありかよ?)

 

と色々考えさせられたにゃべであり、マッハの考えには付いていけない部分もあったが、いつもはオフザケの兄が珍しく幾らかの真剣味を表した事には、ちょっぴり満足であった。

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