2005/01/16

歯医者の恐怖(反乱シリーズpart2)

  バイト先のカジュアルブティック店長は、当時31歳だった。

 

元々、30代半ばの若社長と旧知の知り合いだったというこの店長、本来は本社(といっても、たいした会社ではないだろうが)の重役という肩書きらしいが、この新規店舗の助っ人店長として出向して来ていた。

 

店には毎日、朝一番の10時少し前に、新米バイトのにゃべが出勤してシャッターを開ける。バイトの学生は朝から来る日もあるが、大抵は昼頃に入り夕方に帰るパターンだった。フリーの立場にあるにゃべと店長だけは、開店から閉店(夜8時)までの通し勤務である。

 

そんな或る日の、午前10時半頃の事。

 

「オレ、今から歯医者に行って来るから。多分抜く事になるだろうから、今日は帰りがちょっと遅くなるかもしれん。午前中は、無理だろうなー。2時くらいになるかも知れんが、後はよろしく頼むぞ・・・」

 

と言い残すと、出かけていった。

 

この日は、朝から短大生のケーコが出ていた。ケーコとは相性が良く、入店後間もなくから親しく会話を交わす仲になっていた。

 

「歯医者で、そんなに時間掛かるかな?」

 

「うーん、なんかこの前訊いたんだけど、歯医者さんから歯が歪んでるとか言われたんだってさー。だから、普通の方法じゃあ抜けなくって時間が掛かるとかで、この前は時間がなくて抜かずに帰って来たって言ってたよー」

 

「へー、そう・・・」

 

やがて若い2人の会話は、店長とはまったく関係のない、世間話へと発展していった・・・

 

 残った2人が交代で昼食を取るうちに他のバイト学生が出勤し、気付いてみれば時計の針は午後3時を指していたが、店長からは依然としてまったく音沙汰がない。

 

昼出勤のみゆきが

 

「今日、店長は?」

 

「それがねー、朝の10時半頃に、歯医者へ行くって出たきりなのよー」

 

幾らなんでも、そろそろ遅いなと皆が感じ始めたが、遂に5時、6時になっても帰るどころか、電話一本掛かってこないのである。

 

「一体、どうなっちゃたんだろう?」

 

とか言いながらも、みゆきは定時でそそくさと帰っていった・・・

 

 「あれ?

もうあがりの時間じゃないの?」

 

「そうだけど… 私が帰るとアンタ一人になっちゃうでしょ。店長の事も気になるし、もう少しいるわ」

 

と優しい気遣いを見せたケーコは、その後も思い出したように

 

「ホント、どうなったんだろうねー」

 

「もうとっくに終わって、自分だけ帰っちゃったんじゃねーの?

でなけりゃ、こんなに遅くなるわけない」

 

「そうかもねー。でも、それだったら電話くらいしてこればいいのにさー」

 

と2人、次第に苛立ちを隠せないようになって来た頃であった・・・

 

「あっ、来た来た・・・返って来たよー」

 

と目ざといケーコの声に釣られて見れば、日頃の傲慢さはどこへやら頬をハンカチでガッチリ抑え、すっかりしょぼくれた店長の姿が  ゚(ノд`;)

 

その時刻は既に、閉店間際の夜7時半になっていた。

 

「とにかく痛くて・・・声が出ん・・・後よろしく・・・」

 

と蚊の泣くような声で、ケーコにこれだけ言うのが精一杯であった。

 

その後、23日は殆ど店には顔を出さず、喋るのも苦痛という様子の店長。後で聞いた話には、一同ビックリだ。

 

「痛かったのなんのって。 本気で死ぬかと思ったぞー。麻酔が効かねーんだからなー、麻酔が!

歯が歪んで付いているからとノミで叩かれた挙句に、虫歯が腐っててアゴの骨にまで影響が出てるからってなー。 アゴの骨を削ってなー。鑢で削るんだぞー、ヤスリで!

まあ、痛いのなんの・・・5時間も掛かって、ありゃあホントの地獄だったぜ・・・」

 

「マジで?

幾らなんでも、創作が入ってるよね?」

 

「バカ言え!

全部、本当の話だ!

あれから3日間、何も食えんかったんだぞー、3日間もよー」

 

とても信じられる話ではなかったが・・・なにを隠そう歯医者恐怖症の自分は、学校の検査で虫歯が数本あると言われ、また時々痛む事もあったものの、歯医者の恐怖でずっと放置したままであった。

 

それだけに、この『歯が腐っていて、鑢でアゴの骨を削った』というセリフは、まことに恐怖であった。

 

「オマエも虫歯があるんなら、早いトコ直しとかんとアゴの骨を削らんならん事になるぞー」

 

と脅され、益々恐怖感が募った (;゚ロ゚)ヒイイイィィィィ

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