2005/04/03

coffee time(2) (。 ̄Д ̄)d□~~

 さて、そんな或る日の事・・・書き上げた原稿を新聞社に届けた帰りに名古屋駅近くで一軒の古びた喫茶店を見つけ、なんとなく気まぐれをおこして入る事にしました。普段入る喫茶店は原稿を書くための机を借りるためのものなので、安さ重視でコーヒーの味などは二の次三の次です。そんな具合に拙いコーヒーばかり飲まされ毒された胃が、原稿が仕上がった時くらいはマトモな喫茶店の旨いコーヒーを求める心持が生まれたとしても不思議はありません。

その店は、開発の進む名古屋駅の近くで辛うじて生き残っているといった、いかにも老舗風の古びた風情で、カウンターには60は過ぎていそうな白髪頭のオジイサンが中に、外には奥方らしきオバアサンが控えていました。

(こりゃ失敗したか・・・違う店にするんだった・・・)

と腰を浮かしかけたところに、オバアサンがオーダーを取りにきました。なんとなく損をしたような気分になりながらも、仕方なくコーヒーを注文して窓際の席から外を見ると、色の付いたドアは外からは中は見えなかったのに中からは外が素通しになっていて、家路を急ぐ勤め人や団体ではしゃいでいる学生のような、若者がゾロゾロと引きも絶えません。しばらく待つと

「お待たせしました・・・」

という艶のある若い声とともに、いつの間にやってきたのかOL風の若い女性がコーヒーを運んで来ました。前髪で半分ほど隠れた顔が、中々の美形でした。クラシカルな感じの分厚いコーヒーカップからは、これまで飲んできたどの「高級店」のコーヒーからも経験した事のない、芳しい匂いが立ち昇って来ています。 砂糖壺を開けると今時珍しく小さめの角砂糖が入っており、当時は甘党だったワタクシは2つを落として飲む事にしましたが・・・

(ムムムム・・・これは・・・世の中にこんな旨いコーヒーがあったなんて・・・)

まさに瓢箪から駒、目から鱗とはこの事でしょう。こうなると勝手なもので、それまでは照明を落として薄暗い店内の辛気臭いような雰囲気が、衒いのない老舗の重厚な落ち着きを感じさせ、また客席の多くを 占めていたショボくれたように見えていたサラリーマン族が、苛酷な仕事を終えた束の間の休息を楽しむため重荷を下ろしてノンビリと寛いで見え、また経費をケチって安上がりに済ませようとの魂胆かと思えた珍しい角砂糖までが、本物のコーヒーの味を追求する老マスターの味への拘りの結晶か、とも思えてくるから不思議なものです。要するにそれほど、この店のコーヒーは旨かったのでした。

 その後、十数年の間に「旨い!」と唸ったコーヒーとの出会いは何度かありましたが、香り、コク、切れ味ともに、このコーヒーの勝るような旨いコーヒーには、未だお目(口?)にかかった経験がないくらいです。

(よし!
これからは、この店に通うぞー)

と決意したワタクシは、他の「間借り」の店との一線を画すために、この店では原稿を書かない事に決めました。原稿を書き始め興が乗ってしまうと、中途半端なところで終わらせる事が出来ずにどうしても長居になってしまうため、基本的に老夫妻のみのこの店では、直ぐにブラックリストに載せられてしまいそうであるし、なにより原稿を書いている時はその世界に没頭しているため、コーヒーの味などは殆んどウワの空であったことが理由です。折角の旨いコーヒーだから、頭を空っぽにしてじっくりと五臓六腑に染み渡らせたいものである。 

それから、しばらくはイッパシのコーヒー通になった、幸せな「勘違いの日々」が始まりました。人一倍無精な反面、興味の対象にはトコトン拘る性質のワタクシは、自宅においてもコーヒーメーカーだけでは飽き足らず、コーヒーミルまで買い込んで来て専門店で豆を購入し、一杯一杯挽きながら味わう事になります。 イメージするような味が出ずに試行錯誤を繰り返したものの、やはりあの店のような極上の味を出す事は適わぬままに根気が続かず、数ヶ月も経つと粗大ゴミが増えていく事になります。

そうして自宅では、不味いインスタントコーヒーで我慢しながら、例の店の極上コーヒーを堪能する日々が続き、ガラにもなく大人しくコーヒーを啜っていたのでしたが、ここでもまた例によって妙なトラブルに巻き込まれてしまう事になりました。

その日もいつものように、ノンビリと寛いで極上のコーヒーを味わっていると、ポケベルが鳴り

xxxxxxxx(電話番号)-49

というメッセージが表示され、慌ててカウンターの電話へ飛んでいったものの据えてあるのは古い店らしく、旧式のピンク電話でテレホンカードが使えません。相手は取引のあった東京のプロダクションなので、後になって考えれば店を出て直ぐのところにある公衆電話を使ってテレカで掛ければ良かったのでしたが、それまで滅多になかった49」(至急)のメッセージに対して焦る気持ちが、単純に視界にあったピンク電話に向かわせたのでしょう。手持ちの10円玉を全部入れて電話をしたものの、何せ名古屋から東京だから見る見るストンストンと10円玉が消費されていく。しかも悪い事に、話がまた込み入った内容でした。

さらに悪い事には、相手の編集長というのが元々口下手な上に要領の悪いタイプとあって、手持ちの100円玉を片っ端から両替していって貰ったものの、あっという間に吸収されていく。カウンターでは老夫婦が、時ならぬ両替に追われ大童をした挙句に、遂にレジにあった10円玉が殆んど底をついてしまい、暇な(?)客の注視を浴びるなど、ちょっとした騒動に発展してしまった。

(これだけ迷惑を掛けたら、明日から行き難くなるじゃないか・・・)

と思ったものの、翌々日には何食わぬ顔でまた足を運んでいたけどね。

0 件のコメント:

コメントを投稿