2005/04/13

先制(高校サッカー選手権大会part3)

ゴトーと言えば、いまさら繰り返すまでもないくらいに、自分とは不思議な運命の糸で結ばれたような男だ。

 

小学生時代は、ピラミッドの頂点に君臨する「神童にゃべ」を遥か下の方から仰ぎ見ていたゴトー。これが2人の運命の出会いであり、またゴトーのトラウマの原点でもあった。

 

その後、ゴトーの転校があり、転校後のゴトーはかつての「神童にゃべのコピーのような英雄」となって、戻ってきた。中学に入学して、数年ぶりににゃべの前に現れたゴトーは、数年前の蔭の薄いゴトーとは見違えるような、逞しい男に変身していた。同じサッカー部に居ながら、暫くはあのゴトーと同一人物とは気付かなかったくらいである。

 

再会後、初の勝負となった体育祭徒競走での名勝負で、遂にゴトーが「リベンジ」を果たしてかつてのトラウマを払拭すると、その後は勉強にサッカーにと2人はまったく互角の力を競い合う「最大のライバル」となっていった。その裏に、ゴトーの血の滲むような努力があったことは、容易に想像が出来た。

 

その中学も、2年生からはゴトーが新設校に移った関係で、またしても袂を分かつことになったが、今度は同じサッカー部のエースとして、敵味方に分かれて戦いを繰り広げることになった。そうした幾多の戦いを経て、高校に入学して三度目の再会を果たした。今度はチームメートとして、激しいポジション争いの戦いを終えて、今はこうして2トップを張り、ともに「全国」を目指して戦っているのである。

 

かつては、神童にゃべに迫る「英雄」と持てはやされながらも、ヒョウキンでお調子者のゴトーは、普段はおふざけばかりの愛すべき男だが、案外に短気なところがあった。 当初は、なにかとこちらの行く手を阻むようにして登場してくる、このゴトーの存在に鬱陶しさを感じたものだったが、こうして毎日顔を合わせているうちに、遅まきながらにようやくゴトーの人間性を理解するに及び、過去の歪んだイメージは徐々に氷解していく。普段のヒョウキンなオフザケの顔の裏に隠された熱い情熱、激情的な男の素顔を。 

 

が、今や「最大のライバル」として、にゃべの前に立ちはだかるゴトーではあるが、あのどことなく惚けたような風貌と案外と抜けたところのある彼の性格が、劇画などに出てくる「ライバル」というあのシリアスなイメージとはどうにも重ならず、常に笑いを伴ってイメージされる男。そんなゴトーの去った後の風景・・・それは単にグラウンドだけではなく、心にぽっかりと大きな穴が開いたような、かつて経験したことのない座り心地の悪さを齎し、自らの中におけるゴトーの存在の大きさに戸惑いを覚えたのであった。

 

「レフェリーに、申し入れをしといたからな。それでも、あいつらまだガンガン来るだろうが・・・

いいか、にゃべよ!

くれぐれも、ゴトーの二の舞にだけはなるなよ。冷静に熱くなれ!」

 

と、ドージマが耳打ちしていった。小突き合いで「両選手退場」となったが、プレーに対する反則は相手チームだから、ドージマのフリーキックからの再開だ。こんな際でも冷静さを保っているドージマはさすがで、計ったように見事なフリーキックがゴール前に来た。ボレーシュートを狙ったジャンプ一閃、絶妙のタイミングで

 

(よし、決まった!)

 

と思ったところ、蹴った直後に後ろからタックルを見舞われ、僅かに狙いが外れたボールはゴールの外へと転がっていく。

 

「オイ、きたねーぞ!」

 

「よし、ゴールキックだ!」

 

そ知らぬ顔でボールを奪って走っていく敵に対し、鋭いホイッスルを鳴らしてレフェリーが駆け寄った。

 

「反則ーッ!

PKだ!」

 

PKだって?

ゴールキックじゃねーの?」

 

と、猛抗議をする相手に

 

「シュートの直後に、タックルをしただろう。ちゃんと見ているんだ。これ以上、文句を言うと退場させるぞ!」

 

とレフェリーが睨みを利かせる。

 

PKのキッカーは、勿論にゃべだ。このような興奮状態にあると、得てしてPKを外すケースが多いだけに、ドージマが喝を入れにきた。

 

「落ち着けよ、にゃべ!」

 

「心配無用」

 

両校、固唾を呑んで見守る中、狙い澄ましたキックはキーパーの読みを外し先制点だ。

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