『A高』一のスターといえば、言うまでもなく昨年、今年と個人で唯一、二年続けて「インターハイ」(高校総体)に出場した体操部のエース・カオリだったが、この年新たにニューヒロインが誕生した。陸上女子中距離のエース、みどりがその人だ。
「ニューヒロイン」とはいえ、元々その実力は誰よりも期待されていたくらい、折り紙付きだった。入学当初から、最も注目されていたのは、このみどりと体操部のエース・ミサコだった。2年生でインターハイ出場を有望視されながら、平均台から落下して骨折の不運もあって、結局は全国大会で活躍する事の叶わなかったミサコ。その代役として、彗星の如くに登場して来たのがカオリであった。中学時代は、常にミサコの蔭に隠れるような存在で終わっていただけに、それほど期待が大きいわけではなかったカオリが、2年続けてインターハイに出場したばかりか表彰台にも上がるなどの大活躍で、一躍ヒロインとなったのは記憶に新しい。
そんなカオリの華々しい活躍の前に、すっかり蔭が薄れてしまっていたのが、みどりだった。体操では県内トップだったミサコと言えど、全国レベルでは殆ど無名だったのに比べ、陸上部のみどりの方は実力、実績ともに堂々全国トップレベルに名を連ねた逸材だ。
中学時代から、地区大会や県大会で数々の好成績を上げ、高校進学の時には幾つもの私立校から特待のお誘いが掛かっていたが、総てソデにして『A高』へ入学。前年度の陸上競技会では、110mハードルと1000mで二冠を制し、この年も200mと1000mで連続二冠の快挙を達成していた。
またマラソン大会では、2位に大差を付けた記録的な走りでぶっちぎりの優勝を果たすなど、短距離から長距離までオールマイティー。中長距離の記録では、中学時代は県でトップであったばかりでなく、全国トップレベルに伍しても、まったくヒケを取っていなかった。
ところが、前年度のインターハイ(高校総体)でメダルが期待されながら、期待外れの11位に終わったところから歯車が狂ったか、続く国体でもあと一歩というところで出場を逃した。そんな経過を経て、この年は悲願の「国体」の大舞台に念願の出場を果たさんとの意気込みは、並々ならぬものがあったろう。
女子1500㍍での県大会優勝から始まり、続く東海大会は国体選考レースとなっただけに日曜の教育テレビで放映され、にゃべもテレビの前にクギ付けとなっていた。
出場選手10数人の中では、静岡代表のマツシマ選手が注目の的。前年の国体にも出場しているだけに、当然の事ながら今回も優勝候補の筆頭であり、テレビカメラもこのアイドル顔の、ちょっと可愛らしいルックスを持ったマツシマ選手ばかりを追っていた。
さて、レースはスタートした。10数人が団子になってのスタートから、中盤に差し掛かる頃には予想通りマツシマ選手ら数人が早くも抜け出し、トップグループを形成していた。その集団の中ほどには、我が『A高』のみどりの姿もしっかりと入っている。
やがて先頭グループからは、徐々に櫛の歯が欠けて行くように次々と選手が脱落していき、ふと気が付いたころには、いつの間にやら優勝候補のマツシマ選手とみどりが並走したまま、一騎打ちの様相となっていた。
「こうなると、やはり国体出場の実績で勝る、マツシマ選手が有利でしょうか?」
というアナウンサー。
「いえ、まだまだわかりません・・・ベストの持ちタイムではノムラ選手も決してヒケをとっていませんし、ノムラ選手が非常に落ち着いて安定した良い走りをしています」
女性解説者は、さすがにみどりの実力を知っている。
両者そのまま並走する形が続き、一歩も引かぬ鍔迫り合いのうちにラスト一周を知らせる鐘が鳴ると、いやが上にも緊張感は増していく。長いストライドを操り、カモシカのような颯爽たる走りのマツシマ選手に対し、我がみどりの方は中肉中背の筋肉質タイプである。ルックスの方も、ヘタなアイドル顔負けのマツシマ選手に対し、決して不美人ではないが十人並みのみどりの方は、お世辞にもアイドル風とは言い難かっただけに、恐らくは『A高』生でなければマツシマ選手の方に肩入れしそうなところであった。
そして・・・遂に残り100mを迎え、マツシマ選手が勝負に出たところから、ドラマのクライマックスが訪れる。持ち前のアイドル風の顔を見るも痛々しいほどの苦痛に歪め、死に物狂いの激走をするマツシマ選手には鬼気迫るものがあった。が、横には依然としてしぶとく、みどりがピッタリと張り付いている。
普段の教室では
「居るのか居ないのかもわからないような、目立たない存在」
と誰もが口を揃えていたくらい、無口で存在感の希薄なみどりだったが、いつもの温厚な姿から豹変し鬼のような恐ろしい形相の「勝負師」と化していた。
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