2005/03/28

相性(修羅の演劇部part4)

そして、いよいよ本番を迎えた。

 

朋美が、プリマを務める予定だった第1部。図式には「フクザワ派」と「朋美派」の2つに分裂してしまった演劇部といえたが求心力の差は如何ともしがたく、主要メンバーのほぼ全員を含めた部員の9割近くは主流たる「フクザワ派」に流れていただけに、朋美の側に着いたのは僅かであった。

 

高校生活最後の晴れ舞台で、なんとしてもプリマを演じたい朋美は、民間劇団有志を掻き集める執念をみせたが、所詮は「混成部隊」とあってまとまらず、遂にその野望を断念せざるを得ないところに追い込まれた。

 

不穏な空気の中で、熱血男フクザワ率いる本番が始まった。当初の予定通りフクザワ、理沙の主役で演劇部員と民間劇団員とで脇を固める正統派の演し物で、当然の事ながら朋美の出番はない。

 

(怒り狂った朋美が、お嬢を担いでトンデモナイ企みを持って、ぶち壊しに乗り込んで来るらしい・・・)

 

といったウワサがまことしやかに飛び交い、会場はピンと張り詰めた空気に満たされた。そのような冷静さの中で

 

(たとえ、あいつらと刺し違えようとも、この文化アピールを演じ切るのだ!)

 

と宣言した通り、フクザワの鬼気迫る迫真の演技が一般客の拍手喝さいを浴び、理沙の稚拙さをも巧く補って万雷の拍手に続いてカーテンコールが起こり、感極まったフクザワは男泣きに泣いた。

 

演劇には興味のないにゃべも、この文化アピールには食指が動き、フクザワとの約束通り珍しくもゴトーらと会場に足を運んだ。フクザワの卓越した演技力は勿論だが、普段の制服姿の時は理沙は女学生らしい可愛らしさに溢れていたが、正直に言ってプリマを張るにはやはり物足りなかった。

 

後に、千春に聞いたところでは

 

「以前にウエノさんの演技を見たことがあるけど、そりゃ素敵だったな。ちょっとプロの女優みたいで、すっごくカッコよかった・・・折角楽しみにしてたのに、彼女が出られないのは残念だわ」

 

などと「芸術系」らしい鋭い分析をしていた。

 

「ということは、ヤマザキではダメと・・・?」

 

「そんなこと言ってないよ。ヤマザキさん、可愛いし高校生らしさがいいよね・・・」

 

などと評していた。

 

理沙がプリマに決まりそうだ・・・という時、遂にお嬢がフクザワとの直談判をすべく乗り込んできた。危険を察知したフクザワは、部員全員を引き払わせて、お嬢と「サシで」話し合ったと言われた。

 

「演劇部の中では、ウエノさんの演技こそピカイチじゃないの?

なんで彼女がプリマじゃないのか、不思議なんだけど・・・」

 

実際、朋美は理沙とは比較にならない演技力はあったが、なにしろ地味なキャラクターゆえ、あまり注目されてこなかった。

 

2人の演技力では、そもそも比較にならない。それでもヤマザキさんに拘るって、個人的な情実といわれても仕方ないんじゃないの?」

 

と、例によって下目づかいにせせら笑うかのように、見下すお嬢。

 

 「正直、ちょっとマズイなと思ったね・・・演技力を比べられたらな。朋美の演技力は、確かにピカイチだったからな。だがネクラな朋美には、決定的に「プリマの華」がなかったのだ・・・演劇には、観客を感情移入させるような特有の「華」が絶対に必要なんだ!

 

と、後にフクザワは力説した。

 

「だがな・・・その説明をしようと思うと、朋美を傷付けることになってしまうからな。玄人受けしそうな、オバサンくさい演技だなんて言えるか?

アイツ(お嬢)は、そこまでこっちの手を読み切った上で、強力に朋美プリマを推してきやがったのさ!

 

と、吐き捨てるような口調で話すフクザワ。実際、演技派の朋美こそ、当初は「次期プリマ」と密かに目されていた存在だったが、それをひっくり返したのが部長に就任したフクザワだ。

 

(朋美は、確かに演技が抜群に巧い。プロの劇団員並みと言っても良い。だが、決定的に暗い。高校生らしいフレッシュさもない。学生演劇で最も重要なのは、演技よりも本人の持っている「華」であり、ぎこちない不器用さなのだ!

朋美は汚れ役なら右に得るものはいないが、あれがプリマでは地味で無難すぎてスリルがない!)

 

が、フクザワの持論だった。

 

それでも、慎重なフクザワはコンセンサスを得るため投票に計った。その結果、予想通りチャーミングな理沙が、朋美大きく引き離して大量の得票を得た。これでフクザワの案は、晴れて「認知」された。

 

が、根っからの演劇人たるフクザワの心には「たとえどんなにいい演技をしても、絶対にプリマを張れない」朋美に対する後ろめたさが、常に付き纏っていた。そのフクザワにとって最も痛いところを、選りによって最も憎いお嬢が「ひと目で見透かしたかの如くに」嘲笑うように突き上げてきた!

 

一方で、フクザワにとっては、ダイコンと言われた理沙のレベルを引き上げたいという演出者としての喜びと、それが一定の成功を見たという矜持もあることが、なおさらことを面倒にしていた。

 

フクザワ、朋美、お嬢。

 

類稀な頭脳の2人と、演劇の才能豊かな2人。この3つの個性が噛み合えば、或いは途轍もない成果を産み出したかもしれないトリオとも言えた。返す返すも惜しまれるのは「相性の悪さ」に尽きた。

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