2005/03/30

マエストロにゃべ

『A高』学園祭最大の目玉は、毎年最終日に行われる「大運動会」だったが、この年はそれに加え「クラス対抗ブラスバンド大会」が見せ場であった。まず選曲からスタートしたが、当初みなのリクエストは流行歌ばかりが並び、いざ投票という議決を取る段になって、当時Classicに嵌っていたにゃべが一石を投じた。

 

「流行歌謡曲なんて、ありきたりでつまらん!

きっと、どのクラスも似たようなもんだろーし、ウチらはClassicで行こうじゃねーか」

 

「えーっ!

Classicなんて、難しい」

 

「だからこそ、巧くやればそれだけアピールするんだろーが!!!」

 

女生徒たちを中心に、ブツクサ文句を垂れる声が聞こえた。

 

Classicなんて、普段は誰も聴かないんだからアピールが弱いよ・・・自分の趣味で決めないでほしいよ」

 

「煩い!

高校生ともあろうものが、一般客を目の前にした公の場で、小便くさいアイドルポップスをやる方が、よっぽど情けないと思わんか!」

 

といった他愛のないやり取りをしている内に、一触即発の怪しいムードになってきた。

 

「やるのはどっちでもえーけど、多数決で決まったものを今更、なんで引っくり返そうとすんの?

あたしゃ、そっちの方が断然気に食わん!」

 

気の強いエリの生意気な態度に、日頃から腹立たしさを感じていたにゃべが、ブチ切れた。

 

「うるせーんだよ、オメーは!

オレは、委員長だぞ!!」

 

突然の激怒にさすがに戸惑いながらも、そこは気の強さで鳴らすエリだ。

 

「なんだよ、アンタ!

委員長だからって、一人で決めるのって横暴だろ!

たかが委員長風情が!」

 

凄い勢いで机を叩いて立ち上がったエリ。小柄ながら、なかなかの迫力だ。

 

あちこちから、小声でヒソヒソとやる声が聞こえたが、二人の剣幕に圧され誰も出張る者はいない・・・と、そんな時だった。

 

「ちょっと待ってよ・・・私だって委員長よ!!」

 

という大きな声とともに、大柄な千佳がズイッと睨むようにして迫って来たから驚いた。

 

「自分の主張を通したいなら、ちゃんと論理的に説得してよね」

 

「うむ。

Classicと言ったって、何もワーグナーをやろうなんて言ってんじゃねーんだ。オレが考えているのは、ズバリ『威風堂々』、これしかない!

あれなら、ブラバンでもよく演奏される曲だし、そう難しくはないハズだ・・・」

 

当時、初めて聴いたこの曲の魅力に、すっかりほれ込んでいたにゃべは

 

(学園祭の演目は、絶対にこれしかない)

 

と勝手に決めてしまっていた。

 

「幸い有名なこの曲なら、高校生でもたいていはどこかで聴いて馴染みがあるだろうし、景気の良い行進曲だから演奏さえそこそこ出来れば、ポップス系に比べ遥かに印象は高くなるはずなのだ・・・」

 

「『威風堂々』か・・・確かに、あれならガキンチョのポップスなんかよりは、案外いいかも。意外と簡単そうだし・・・だったらアンタも最初から変に委員長風なんか吹かさんと、そー言えばよかったじゃん」

 

と、鶴の一声に豹変したエリの思わぬ側面援護もあって、ポップスを推していた声も次第に迫力がなくなってきた。さらには、Classicの好きな声楽部の千春の後押しなども功を奏し、思惑通り『威風堂々』に決定した。

 

「ところで、そんな難しい曲の指揮は、誰がやるのさ?」

 

「そりゃあ無論、言い出しっぺのにゃべ以外にはいないでしょ?

Classicをやろうと言い出したくらいだから、まさか指揮くらい出来んなんてことはないわな?」

 

と、嫌味たっぷりのエリ。

 

「そうねぇ。彼がメンバーに入るとなにかと引っかき回されそうだし、指揮が適役かもね。なんせClassicにも、随分と造詣が深いようだし・・・」

 

と千佳も嫌味たっぷりに賛同し、ここに「マエストロ・にゃべ」が決定した。

 

元々、楽器はどれもダメなくせに目立とう精神は人一倍だから、これは楽器をやらずに済むのは勿怪の幸いと、密かにほくそえんでいたのが実態だった。が、その心を見透かしたように早速、女子委員長の千佳がクギを刺して来た。

 

「ねえ、にゃべ。今度ばかりは、自己流は止めてね。みんなの前で、あれだけの啖呵を切ったんだから、ちゃんと指揮が出来るまで音楽の先生に教わってきてよ」

 

「ナヌ?

あんなもん、適当に振ってりゃいいんじゃねーのか?

プロでもあるまいし、アホらしい」

 

「バカ言わないで!

みんなに難しい要求をしたのはアンタなんだから、自分だけ楽をしようなんて絶対に許さんわ!」

 

と千佳から、ヤンキー並みの恐ろしい目つきで睨みつけられた。

 

「音楽の先生にスコアを用意してもらうから、図書館にでも篭って研究してきて。バンドの方は、私が責任を持って管理するから。

いいわね?

今度ばっかりは、アンタ一人だけサボろーなんて、死んでも許さんから!!!」

 

思わぬ強い口調で、気の強い千佳に尻を叩かれるようにして、仕方なく放課後などの合間にスコアの研究を始めるハメに。

 

しかしながら、幾ら音楽教師に教わってもまったくチンプンカンプンだったから、すっかり嫌気がさして来た。

 

(こうなりゃナカジマを口説いて、何とかバンドの末席で一番簡単そうな笛でも吹かせてもらうしかないな・・・アイツはオレに惚れてるはずだから、結局は首を縦に振るに違いない・・・)

 

自惚れ屋で怠け者のにゃべは、早くも指揮には見切りをつけ、例によってなんとか安易な方向へ逃げをうとうと画策を始めていた (^^)y-o

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