2005/03/24

修羅の演劇部part1

演劇部の部長フクザワとは、食堂などで何度か言葉を交わし知った仲だ。そのきっかけは、1年生の時の学食でのことだった。

 

「おい、にゃべ!

オマエは、オレと小学校の時に会ったことを覚えてるか?」

 

「ん?

小学校?

知らんな、そんな大昔の話は」

 

フクザワは同じA市の小学校とはいえ、まったく接触はないはずだから、狐につままれた気持ちでいると

 

「やっぱり覚えてねーか。まあ「最優秀賞」様は「優秀賞」風情に興味はねーってことか・・・」

 

「ん?

てことは・・・あの「作文コンクール」の・・・か?」

 

「『作文』じゃなく『読書感想文』だがな・・・」

 

それまでまったく気付いていなかったが、小学5年生で「最優秀賞」を射止めた「A市読書感想文コンクール(高学年の部)」で「最優秀賞」に次ぐ「優秀賞」を受賞していたのがフクザワだったらしい。

 

「優秀賞」3人のうち、フクザワ以外の2人は6年生であり、5年生の受賞者は「優良賞」の麻衣子を含めた3人である。とはいえ、冒頭のセリフはあくまで謙遜で「読書感想文」をサボってばかりいた自分とは違い、毎年作品を出していたというフクザワの受賞歴は凄かった。

 

まず小学1年(低学年の部)で、いきなり「優良賞」を得たのも凄いが、翌年には見事「最優秀賞」に輝き、全国審査に進んで「優秀作品賞」を受賞したというから筋金入りだ。さらに3年、4年(中学年の部)と続けて「優良賞」、先に触れたとおり5年生は「優秀賞」、6年生は「優良賞」と、パーフェクトの受賞歴である。

 

また中学時代も2年生の時に「銀賞」を受賞、高校でも同じく2年生で「入選」を果たしていた。ちなみに、フクザワと麻衣子は同じ『D中』の同級生でもあり、がり勉の麻衣子が天才肌のこの男を目標としていたことは有名だった。

 

にゃべ、御曹司タカミネらと並び「A高オトコマエ5人衆」に数えられるマスクは、にゃべにも匹敵するものだったが、さすがは生まれついての役者でやたらと気障なポーズが目に付いたのは、推薦面接の時からひときわ目に付いていた。「瞬間湯沸かし器」の異名を取るように、演劇部では時折り大爆発を見せていたらしいが、普段は底抜けに明るく朗らかな男である。

 

このフクザワというのが、御曹司タカミネと並ぶ多芸多才な男であった。先に触れたように、彼にとってオトコマエは単なる「前提条件」に過ぎず、よく通る美声のテノールで弁舌も爽やか、おまけに頭の回転も抜群に早い。さらに「生まれついての役者」と言われるだけあって、キザでオーバーなポーズも不思議とサマになってしまうのである。

 

上記の読書感想文コンクールの実績からも明らかなように文才も非常に高く、演劇部の台本は殆どこの男が一人で書いていたと言われる。本番前は、3日くらい部室に泊まり込んで徹夜で制作していたという逸話は有名で、あの毒舌でフクザワとは犬猿の仲だったお嬢すら

 

「彼の書くものだけは、多少は評価に値するかな・・・」

 

と認めていたくらいだから、その実力のほどが窺えよう。

 

演劇部最高の舞台といえば、秋の『A高』祭である。A市中心部にある、文化ホールを借り切っての「文化アピール」には、一般劇団の有志も参加し一般の見物も多数押し寄せて来るという、他のクラブでは考えられない大イベントだ。『A高』祭では毎年、初日に行われる演劇部の「文化アピール」が、2日目の大運動会とともに最大の目玉となっていた。

 

演劇部は元々、部長のフクザワの強いリーダーシップの元、非常に良くまとまっていた。ところが、ここへ来て急転直下。「文化アピール」の出し物としては「ハムレット」を推すフクザワらと「ロメオとジュリエット」を推す対立派とに分かれた。そして悪いことに「対立派」のリーダーである朋美が、女子部員の中では図抜けた「実力派女優」であるばかりか、あの「お嬢」の中学同窓とあって「お嬢の後ろ盾」という、これ以上はない強力な武器を備えていた。

 

「仮に『ロメオとジュリエット』をやるにしても、ジュリエット役はオマエじゃなくて理沙になるだろうな」

 

と、クギを刺すフクザワに

 

「で、ロメオは当然、オレって言いたいわけね。「ハムレット」を主張しているのだって、元を正せば自分が王子様になりたいからって魂胆も見え透いてるわ」

 

と、負けじと応ずる朋美。その後、団員同士で繰り返し議論を戦わせた末「手垢のついたシェイクスピアよりも、なにかオリジナル物をやろうじゃないか」と話が纏まり、フクザワ部長を中心とした演劇部の面々で協力して、台本作りから始める事になった。

 

いよいよシナリオが出来上がると、キャスティングに入ったが「ロメオとジュロエット」を下敷きにしたようなその物語の、いってみればロメオ役は勿論フクザワだ。そして、最も注目されたヒロイン役を決定するための、多数決が行われる運びとなった。

 

演技力は折り紙つきの朋美に比べ、理沙のそれは「学芸会」の域を出ないレベルと言われたが、注目の投票ではアイドル風のハニーフェースに加え、おっとり型で男子に人気の高かった理沙が圧勝でヒロインの座を射止めた。

 

が、当然ながら、この最後の檜舞台でヒロイン以外の役はハナからやるつもりのない朋美は、大胆にも演劇部の顧問教諭を丸め込みに出た。肝心要の演技力(に加え、役にのめりこめる異様な情熱)では、理沙を遥かに上回って独特の迫真力を伴っていただけに、なお始末が悪い。かくて思惑通り、投票を覆して朋美にヒロイン抜擢の通達がなされたが、当然の事ながら理沙を強く推して来た大部分の部員たちがおさまろうはずがない。

 

言うまでもなく、この「逆転劇」の蔭には、あの「悪魔的に」悪知恵の働くお嬢の暗躍があったに違いなかった。

0 件のコメント:

コメントを投稿