演劇部の一連の騒動の副産物としてジワジワと注目度が上がって来た理沙。勿論、校内一、二を争う茜や淳子とは比較にならないとはいえ、それなりの美少女であることは間違いなかった。
話は、1年前に遡り2年生の時のことだ。
「演劇部にカワイイのがいるぞ」
という噂は度々聞こえてきてはいたが、その時まで「理沙」の名前すら聞いたことがなかった。ところが、ひょんな事から訊いた噂によると、なんでもこの理沙は真紀やゴトーらと同じ、あの『C中』出身ということらしかった。そこで、早速同じクラスの真紀に、その話を向けると
「理沙、演劇部で大変そうだよー」
と、中学同窓の身を案じていた。
「つーことは、彼女も1年の時は『B中』に居たって事?」
「てか、隣の7組にいたし・・・」
「ほー、そうだったんかー。全然、知らんかった」
「今も隣(B組)に居るけど・・・見に行く?」
「アホか・・・そこまで興味ねーよ」
といいながら、好奇心は人一倍のにゃべが「かわいい子」と訊いて食指の動かぬはずはない。その場は真紀と別れた後、ほとぼりの醒めた頃合を見計らって、B組を覗きに行った。
隣のB組教室には香里や奈津子、さらには梓といった『B中』同窓ら懐かしい顔の中で、かつてどこかで見た記憶のある垢抜けた美形の姿が、ひときわ目に付いた。
(ほー。1人、エラくかわいいのがいるじゃないか?
あれは確か、推薦面接の時にオーミヤと一緒にいた、ナカジマとかいう女子だっけか・・・)
すっかり理沙の事は忘れ、目の前の美少女に俄然興味が湧き、しばらく覗いていると2,3人の女子がこちらに気付いた様子で、ヒソヒソと言葉を交わしているのが見えた。そのうち数人の女子らが、こちらを見ながら指を指したり、ニヤニヤと笑い出した。
(こりゃ、まずい。ひと先ず出直すか・・・)
と踵を還そうとした時、一人のポッチャリした可愛らしい女学生が、まさに目の前をすり抜けるようにして、通っていった。なんとなく、素早く胸の名札に目を走らせたにゃべは、思わず舌打ちした。
(あっ、今のが、例のプリマか?
クソッ、良く観察出来んかったな・・・)
なにか慌てた様子の早足ですり抜けていったのと、まだ気持ちの準備が出来ていないところで、いきなり出てくるとは予想がつきかねただけに、殆ど観察する余裕がなかった。無論、茜や先に見た美少女のような特有の華やかさはなく、フツーの女学生らしい若々しい爽やかさを発散していたのだったが。
そうして、呆然と佇みながらも先の微かな残像を元に、頭の中が分析評価にめまぐるしく回転をしている時だった・・・目の前を通り過ぎていく何人かの学生に混ざって、腕組みをして仁王立ちしている丸っこい女子の姿が。
「オスっ!」
「よう、マザーか・・・久しぶり」
「ホント、久しぶり。アンタは、相変わらず元気そうねー」
と、目を細めて観察するようなマザー。それにしても何故、あんなところで仁王立ちしていたのだろう?
「なにしてんのかな?
そんなところで女漁り?」
「う。なに言ってんだか・・・」
「ふふふ・・・さっきから熱心に覗いてんのは、誰かカワイイ子でもいないかって物色してたんじゃない?
さしずめアンタのお目当ては・・・演劇部の新プリマ辺りかな?」
眠たげな眼をしたマザーの口から、いつものように平和的なゆったりした口調で、しかし錐のような言葉が発せられるのである。
「オ、オイオイ!
な、なにバカ言ってんだか・・・」
「フフフ。なに、うろたえてんの?
その態度が、なにより図星の証拠だねー」
さも小気味よげな表情のマザーであり、さすがは恐るべき慧眼の主だ。
(どうして、わかったんだ?)
と、思わず喉元まで出かかった本音はなんとか呑み込んだものの、残念ながらそんな誤魔化しの通用する相手ではない。
「ふふふ・・・どうしてわかったか、教えて欲しい?」
「う・・・いや、別に・・・全然、どーでもいいが。そんな事より、なぜオマエが、こんなところに居るんだ?」
「止してよ、オマエだなんて。ワタシャ、アンタの女房じゃないんだって」
「いや、まあ・・・」
「ふふふ・・・まったくタイミング悪かったねー」
というと、さもバカにしたような笑いを浮かべるマザー。
「もう知ってるだろうけど、今アンタの前を通り過ぎてったのが、お目当てのプリマだよ。さっきの当てずっぽうは、アンタの様子から想像して、ちょっとオチョクッてみただけよ」
「うぬぬ・・・監視されていたとは・・・」
「監視だなんて、人聞きの悪いこと言わんといて。あんな変な格好してちゃ、目に留まらない方が不自然ってもんよ。偶然、ここを通りがかっただけの私は、隣の教室を物色中のイロオトコが目に留まったっだけよ (´0ノ`*)オーホッホッホ」
「うぬぬぬ・・・イロオトコってのは、アイロニーかい?」
「とんでもない。『A高三大オトコマエ』って有名じゃん。みんな好奇心旺盛なお年頃、壁に耳あり障子に目あり。『いわゆるオトコマエ御三家』とやらが、覗きじゃイメージダウン甚だしいわな」
「なんだい、その『いわゆる』ってのは・・・」
「案外、細かいことを気にする男だね」
チクショウ!
なんとかコヤツをギャフンと言わせるテはないものか、と天啓の如く窮余の一策を思いついた。
「いや、実はな・・・久しぶりに、マザーの姿を拝みたくなったんだ。ちょっと教室を間違えちゃったけどな・・・」
「マザーって・・・あたしゃ、アンタのおっかさんじゃないんだから、変な渾名付けてくれるなって。で、私は何組か知ってる?」
「えーっと、マ、マザーはな・・・確か・・・確か理系だから・・・」
「フフン・・・目は口よりもモノを言うってね。『A高三大オトコマエ』とやらの、女子に騒がれたそのギョロ目がヒネクレ者の本音を語る」
「なんじゃい・・・その『女子に騒がれたギョロ目』ってのは?」
「『にゃべの目って、セクシーじゃない?』とかなんとか、盛り上がってたりしたっけか・・・」
「ん・・・?
それは、マザーのクラスで?」
「まあまあ・・・そんなくだらん噂なんぞ、あたしゃ、どーでもえーのよ。それよか、女の観察力を嘗めたらあかんってこと。誰も覗きに来るわきゃない私だって、こう見えても一応は女だってこと、お忘れなく・・・」
と言いたいことだけ並べ立てると、口元に嘲笑を浮かべ、さっさと消えてしまった。
(くそっ、なんと恐ろしい・・・いや、憎たらしい女・・・)
こうして、なんでも御見通しの「女孔明」の壁に阻まれ、お目当てのプリマを拝み難くなってしまった・・・というよりは、すっかり毒気を抜かれ、もうどうでもよくなってしまった Ψ(ーωー)Ψ
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