2005/03/12

勝負の非情(国体陸上女子)

マツシマ選手の心に、恐らくは

 

(国体代表の名に掛けて、意地でもこんな地方大会で負けるわけにはいかないわ!)

 

といったメンツがあるのと同様に、みどりの方にも同級生以外には知る由もないとはいえ、これまで周囲の期待に充分には応えられなかった、といった忸怩たる思いがあった事であろう。そんなことを感じさせるような、意を決したような力強くも頼もしい足取りだった。

 

こうして、勝負はいよいよ、残り50mを迎える。華奢な体のマツシマ選手は徐々にバランスを失い始め、重心が左右にぶれ始める。髪振り乱し、歯を食いしばっての激走は誰の目にも体力の限界を超え、最早メダリストの意地と気力のみに支えられている、といった感じだ。対するみどりの方は、持ち前のボディバランスの良い重心がしっかり落ち着いたまま、鬼の形相と化した顔は依然として怖いほどに引き締まり、真っ直ぐに前を見据えたままのその表情は、マツシマ選手に比べ余力ありげに見えた。

 

こうして、二人の稀に見るような手に汗握るデットヒートは、そのままゴールテープ前まで縺れこんでいく。

 

「ノムラー、勝て勝てー」

 

にゃべも思わず、テレビの前で立ち上がっての応援に力が入る。『A高』生の各家庭(当然、マツシマ選手の同級生たちも)では、恐らく同じような光景が見られた事であろう。

 

そして、いよいよゴールテープを切る運命のその瞬間がやって来た。

 

最初にゴールを駆け抜けるのはマツシマ選手か、それともみどりか?

依然として鉄面皮のような無表情で、真っ直ぐに前を見据えているみどりに対し、最後に残った力の一滴まで振り絞るような、必死なマツシマ選手の姿。ゴールにダイビングするように飛び込みざま、バッタリと倒れこんでしまったその執念や恐るべしで、その姿は最早敵味方を超えて見るものの感動を誘わずにはいなかった。

 

が、無情にもゴールテープはコンマの差で、その手の僅か届かぬ先の宙にフワフワと浮かんでいた・・・

 

「女子1500m。激戦を制したのは、愛知『A高』のノムラ選手!!!」

 

颯爽とゴールを駆け抜けていったみどりの脇で、音を立ててくず折れてしまったマツシマ選手の方は、疲労と悔し涙を隠すためかトラックに蹲ったまま、しばらくの間立ち上がれない。テレビカメラは優勝したみどりはそっちのけで、無情にもこのシーンばかりをハイエナのように、執拗に追っていた。

 

やがて、コーチらに抱きかかえられるようにして、ようやくトラックを後にするマツシマ選手のボロボロに傷ついた戦士のような痛々しい敗者の姿と、そこに走り寄って肩に手を掛ける、みどりの爽やかな振る舞いも視聴者の感動を誘った。

 

テレビのインタビューの始まったみどりの方は、既に息遣いも戻ってすっかり平静な表情に還っていたのには、心底驚いた。

 

(ありゃりゃ?

これがさっきまでの、あの鬼のような顔をしていたノムラか・・・?)

 

恐らくは、このテレビ中継を見ていた誰しもが、思わず我が目を疑った事であろう。レース終盤まで見せていた、あの鬼をも拉ぐ勝負師の冷徹な表情からは打って変わり、大きな目標を達成した充実感が全身に溢れ、オーラがかかったように輝いて見える勝者の気高い姿が、表彰台の高みに神々しく輝いて見えた

 

かつて、陸上部員のマチャから

 

「努力家のヨシノに比べ、天才肌のノムラは練習量が少ないとか言われているが、あんなのはトンデモナイ話だ。アイツの練習を一度でも見たら、絶対にそんなえー加減なことは言えんぞ。アイツの練習は、質・量ともに男子も叶わないくらいだからな。ヨシノの練習は見た事ないが、誰かに劣っているということは絶対に考えられん」

 

と訊いた事があった。

 

落ち着いた張りのある声で、インタビューの受け答えもソツなくこなしている、ブラウン管の向こうのみどりを見ているうちに

 

「こんな凄いヤツが、同級生とは・・・」

 

と、急激に胸に迫るものがあった。

 

明けて、翌日の朝礼。

全校生徒を前に、みどりの優勝報告が始まった。

 

「これまで期待されながら色々と紆余曲折はありましたが、最後の最後でようやく良い報告が出来る事になり、自分としてもいい結果を残せて良かったです・・・」

 

と落ち着いた物腰と、謙虚なセリフで全校生徒を魅了したみどり。これまでは

 

「女子陸上部のキャプテンで、やたらと足の速い女」

 

としか認識されず、誰よりも素晴らしい実力を持ちながらも、常にカオリの蔭に隠れてしまっていたみどりが、ようやくにしてカオリと並ぶ二大スターの位置に納まるべくして納まることになった。

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