2005/03/25

宿敵(修羅の演劇部part2)

フクザワこそが「プリマ・理沙」の産みの親だ。元々、演劇的な才能は際立っていた上、持ち前のルックスに加え社交術で、入学直後から早くも顧問教諭と部長を始め、先輩らの受けの良かったフクザワだった。3年生の退部に伴い、満場一致の形で順当に新部長に選出されるや、彼が真っ先にした仕事は「プリマ・理沙」の指名と薫陶であった。

 

理沙の可愛らしさは誰もが認めるところではあったものの、こと演技に関しては素人劇の域を出ることのなかったダイコンの理沙のプリマには、一部で反対の声も上がった。当の本人も

 

「演技がヘタだから、主役なんて・・・ウエノ(朋美)さんに悪いし・・・」

 

と、尻込みしたものだが

 

「あくまで学生劇のプリマなのだ。演技力よりは学生らしいチャーミングさ(フクザワ的には「清潔さ」という意味らしい)をアピールする事が、より重要なのだ!」

 

と、説得した経緯があった。

 

そうこうしているうちにも、フクザワの熱心な指導もあり、当初よりはそれなりに上達した理沙。その一生懸命に役に取り組む直向きな姿を見続けた仲間たちの温かい眼差し、そして生来のおっとりとした性格も相まって、次第に皆から歓迎されていく事になっていった。

 

このように、フクザワにとっても理沙にとっても、また演劇部全体にとっても最も結束が固くなり風向きの良くなって来たところで、突然に襲って来たのが時ならぬ「お嬢台風」の直撃であった。

 

元々、ダイコンの理沙などは問題にならぬほど、演技力で一頭地を抜いていたのが朋美だ。ところが可愛らしい理沙とは対照的に、外見が地味でイマイチパッとしない上、日頃から態度のデカい朋美は部の仲間内の人気もイマイチ。肝心のフクザワも、常々

 

「演技はできるが、いかんせん華がなさすぎる!」

 

と評していた。

 

これまでは、その演技力を生かし専ら「イジメ役」、「汚れ役」に専念してきた朋美。

 

「こういう役柄で、ここまでいい味を出せるヤツが他に居ようか!

実に得難い存在だ!」

 

と、フクザワも常々絶賛するほど一目置く存在ではあった。つまり朋美が「汚れ役」に徹している間は、フクザワとの関係もまずは良好だったのだ。ところが、その朋美にしても高校生活最後であり、また最大のハイライトとなる「文化アピール」だけは、是非ともプリマを張りたいという願望を捨てきれなかった。

 

 『A高』の文化アピールと言えば、単に一学校行事に留まらず、地区の有名ホールを借り切っての「演劇」という規模だ。学校行事とは思えないくらいに、一般の客もたくさん見に来る。これまで、皆が嫌がる汚れ役に徹してきた朋美としては、最後の最後に家族や親戚の前で、プリマとしての一世一代の晴れ舞台を演じ、その演技力を存分に見せつけたい、という思いをいよいよ強くしていた。

 

が、部長のフクザワは、頑として首を縦に振らない。

 

「プリマとしては、朋美には華がない!」

 

という持論もあったが、それ以上に、自ら創作したこの劇では、悪役として朋美の役者としての持ち味が最大に発揮できるような、苦心のシナリオを準備していたのである。今更、これを他の下手な役者に変更しては、シナリオそのものが生きない。これは朋美にしか務まらない役であり、フクザワもずっと朋美の面影を脳裏に描きながら、徹夜を続けてまでシナリオ書きに没頭してきた。

 

この役を朋美が演じ切ることによって、プリマの理沙の稚拙さをカバーもできる。いや、それどころか劇全体が、一本芯の通ったものになるのだ!

 

「悲劇のヒロインは、見栄えさえ良ければある程度はダイコンでもごまかしが効くが、汚れ役こそ本物の演技力が必要だ!」

 

芸術家」フクザワは、このように専ら「作品の品質」にのみ固執し、これまで抑え付けてきた朋美の「燃え滾る思い」には、まったく忖度してこなかった!

 

ところが運命の悪戯といおうか、この朋美があの「お嬢の中学同窓」だったのである。

おまけに実家が金持ちの同じ「山手繋がり」とあって、遂にお嬢が介入してきたところから、突如として話が大きくなってきた。

 

「そもそも彼女(理沙)がプリマってのは、アンタの一人よがりじゃないの?

言っちゃ悪いけど、彼女にそれだけの演技力があるかは、疑問とするところだわ・・・」

 

フクザワにとって厄介なのは、お嬢が常にズバズバと正論を突いて来るところ。さらに、この程度のセリフは、たとえ本人の前であろうと朝飯前に言ってのけるのが、お嬢の真骨頂でもあった。

 

「黙れ!

人には適材適所ということがある。そもそも配役を考えるのは、オレの役目だ。部員でもない部外者が、余計な差し出口をするな!」

 

言うまでもなく、男女通じてもお嬢相手にこれだけの啖呵をきれるのは、瞬間湯沸かし器の度胸男・フクザワくらいのものだ。

 

「部員でもないのに口出しするなってのは、どうなの?

そもそも、クラブ活動は特定の生徒が私物化するものじゃないし、ましてや広く世間一般に文化アピールを見せるクラブであれば、なおさら学校全体で盛り上げていくべきじゃなくって?

単なるナルシストの色好みによって配役まで私物化されたんじゃ、真面目に頑張って来た実力ある部員があまりに浮かばれなくて、部外者といえど見過ごし出来ないのは当然でしょ」

 

といった調子で、さすがの舌先三寸男フクザワといえど、得意の弁舌で丸め込めるようなヤワな相手では到底なく、事態は泥沼化していった・・・

0 件のコメント:

コメントを投稿