最大の被害者であるはずの立場も忘れ、ただただオロオロするばかりの理沙。フクザワと朋美の、連日掴みかからんばかりの激しい剣幕に恐れをなし、男子部員も誰一人仲裁に入る者とてないまま、事態は最早修復不可能なまでのドロ沼へと発展していく。皆の同情を集めたのはもちろん理沙で、思わぬ事から時の人のような存在となった。
ともあれ『A高』祭で最大の見せ場となるべき「文化アピール」での公演における配役を巡るドロ仕合から、今や空中分解寸前にまでズタズタになってしまった演劇部。「朋美疑惑」で「不正」が取り沙汰され、哀れ顧問教諭は非難を浴びて表舞台から退いてしまった。
そもそも朋美、フクザワの2人ともが主役の座を降りる気がサラサラない上、この2人をカップリングとした劇が組めないのでは、どうしようもない。これでは、まるで手足を縛った上で泳いでみせろというようなもので、どんな名伯楽とて、どこにも解決の持っていき所がなかった。
「『A高』祭初日の「文化アピール」は、2日目の「大運動会」と並ぶ伝統的な二枚看板であり、毎年地域の人々も楽しみにしているほど注目度が高い。演劇部員たちにとっては、学生生活で最大のハイライトとも言えたが、この一連のゴタゴタで一部の部員の間では「文化アピール」そのものを取り止めようかといった極論が飛び交うまで、憔悴しきっていた。
「なにをバカなことを!
みんなこの日のために、夏休みも返上したり総てを犠牲にして、これまで頑張って来たんじゃないか!
たった一人のワガママ女のために、今日まで2年半の努力を総て水泡に帰してしまってもいいのか?」
「たかが一人のワガママ女」の背後には、恐ろしい悪魔的なお嬢の影がちらついていたものの、稀代の役者であり、かつまた詐欺師並みに弁の立つフクザワの名演説に、みな涙を浮かべながら力強い再出発を誓った。
新たに乗り込んできたのは、顧問教諭の伝手で呼ばれた地元の二流劇団員だった。万年演劇青年は、すっかり若いフクザワの情熱に打たれ「素晴らしい部長だね・・・」
と、しきりと感激の面持ちだ。
が・・・
(このままではアイツらの幼稚な感傷で、すっかりいいようにされてしまう・・・)
とばかり再びしゃしゃり出て来たお嬢は、その怜悧な頭脳に早くも次なる手を準備していた!
新たに乗り込んで来た、他校演劇部OBで民間劇団員のカントクは
「ヒロインは、ヤマザキ(理沙)さんが相応しい」
とアッサリ言ってのけたから、朋美の怒るまいことか。
朋美とフクザワでは勝負にならないとみられたが、ここへ来て遂に表舞台に登場して来たのが、朋美にとってはこれ以上ない強力な味方の「お嬢」だ。
「ヤマザキさんを推す根拠を明確にしてくださらない?
演劇のプロなら、純粋に演技の巧拙で判断してはいかがでしょう?
まあ田舎のアマチュア劇団員を、プロと呼べるかは疑問だけど ヾζ  ̄▽)ゞオホホホホホ」
と、嘲笑うお嬢。
「勿論、根拠はあるよ・・・ウエノさんは演技が上手なのは確かだけど、ヤマザキさんの方が学生らしい新鮮味が溢れているからね」
「学生らしい新鮮味だなんて、詭弁はよしてほしいわね。要するに、ご自身の好みの問題に過ぎませんこと?」
相手が部外者だけに情実は通らないと見るや、やにわに女豹の本性を現してきたお嬢。この間、お嬢の「指示」があったのか、当事者たる朋美は背後に隠れたままだった。そして、いつの間に勉強してきたのか「演劇理論を超越した、哲学的な小難しい話」(田舎劇団員)を俄かに滔々と、そして理路整然と捲くし立て始めたから、たいした学のない田舎劇団員はア然ボー然。
「ところで・・・そちらは、そもそもこの学校のOBのお方なのですか?」
「まさか・・・落ちこぼれだったオレが、こんな学校に入れるわけがない・・・うちのオヤジが、こちらの顧問先生と同窓でね・・・それで今度、オレに声がかかったってわけさ。ああ、まさかオレが天下の『A高』の門を潜れるなんて・・・」
と感慨に浸る間もなく
「まあ、そうだと思っていましたわ。学生演劇に嘴を挟む野暮もOBならまだしも、まったく無関係な部外者でしたのね・・・」
と、蔑むような視線に委縮するイナカ劇団員。そこいらのイナカ劇団員では、プライド高きお嬢の理論武装の前には到底、太刀打ちの出来ようはずがない。最後には鼻先に指に突きつけられダメ出しを食らう勢いで、散々に扱き下ろされた挙句、カミソリのように鋭く光る眼光一瞥のメンチを切られ、まさに「一篇の喜劇を見るかのような」見るも無残な醜態を晒した田舎劇団員。
お気に入りのフクザワ部長から
「大変な目に遭われたそうで・・・アイツと係り合うのは災難でしょう・・・」
と慰められ
「いやー、まったく、あの「お嬢」には参った参った。揉めてるといっても、所詮子供だと侮っていたのが大きな間違いだった・・・さすがに『A高』生ともなると、恐るべき女傑がいたもんだ・・・今夜は、とても眠れそうにないな・・・」
とホウホウの態で尻尾を巻き、トンズらを決め込んでしまった。
「あんな能無しの田舎者、いったい誰が呼んだの?」
と邪魔者を軽くあしらい、意気揚々のお嬢と朋美。こうしてすったもんだの挙句、お嬢が背後に退いた後にフクザワと朋美がようやく談合して、2人別々に主役を演じる「2本立て」という窮余の妥協案に落ち着いたのである。
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