「なに? オマエと一緒には、帰りたくはない・・・だと?
それは、どういう了見なんだ、オイ?」
すると、これ以上火に油を注いではマズいと思ったか、責任者のS氏が
「いいからいいから・・・さ、オマエはもう帰れよ」
と背中を押し始めた。あれだけ呑んでいるから少しは酔っ払っているせいもあり、またロボットのような頑健そのものの体格をしたS氏のバカ力に押され、エレベーターに押し込められるとドアが閉まり密室状態になった。
「後はオレがやっとくから、オマエはもう帰れよ」
「オマエと一緒には帰りたくはないとは、フザケタ言い草じゃねーか?
人の好意を踏みにじる、あんなセリフは断じて許し難い」
「気持ちはわかるが、所詮は酔っ払いの言う事じゃねーか。あんなもの、本気にすんなよ・・・」
「酔っ払いだからこその、ホンネだろーがよ・・・」
といった押し問答の末に、思わぬ密室での展開へと発展していく事に。
「酔っ払いの言う事なんぞをイチイチ気にしてた日にゃ、やってられんだろーが・・・少しは冷静になれよ」
「全然、冷静だけどね・・・いい歳をしてバカなヤツだとはいえ、あのまま抛っておくわけにもいかんと思ったんだが。もう、どうでもえーわ」
「だからここは、責任者のオレに任せておけと言っとるやないか・・・オマエは帰って良し」
「あれでも一応は仲間という事になるんだろーから、そうはいかん」
実際はもうどうでもよかったが、ここまで来ると最早意地で突っぱねているだけだった。
「ほーほー。仲間かよ・・・だったらよー」
突然S氏の形相が鬼のように変わり、胸倉を掴まれた。
「仲間だったらテメー、何故この前のオレの電話に出なかったんだよー、エー、コノヤローが」
これでも某官庁から出向して来ている責任者であるが、言動はまるでヤクザ者である。
「だから・・・あの時は、留守にしてたと言ったはずだ・・・」
「だったらなんで、後からでも電話して来なかったんだよ・・・エー、このー!」
「それも、さっき言ったろーが」
この日の昼に
「気付いたのが5時間後くらいだったので、今更かけても仕方ないと思って掛けなかった」
と説明し
「一応、状況を把握してもらわないといけないから、何時間後になっても必ず掛けてよ」
と、その時は笑って答えていたのだったが、どうやらこの件を無視されたとまだ根に持っていたらしい。
「これからは、必ず掛けて来いよ・・・いいかー。オレは、いつでも相手になってやるぜ」
「何を言ってるんだ・・・とにかく、この手を離せ」
と言っている間に、エレベーターが1階に着いた。
「じゃあ、後はオレに任せておけ」
しかしながら、このまま帰されるのはあまりに一方的に追い立てられたようで業腹だったので、再びエレベーターのボタンを押した。
「オイ!
帰れといっとるだろーが・・・」
「煩いな・・・オレはT君と一緒に帰るんだ・・・Kの事なんてどうでもいいんだよ」
と再び事務室に戻ると、若いT君と責任者補佐役のM氏らが心配そうに覗き込んで来たが、酔いも手伝ってか興奮気味のSはまたしても通路に押して行き
「いい加減にしろよー、オイ、オレに喧嘩売っとんのかー、アー?」
と、いよいよ「新宿ゴールデン街のニーちゃん」といった本性を剥き出しにして凄んで来たから、驚いたと同時に猛烈に腹が立って来た。
「オー、喧嘩売っとんのじゃ、オマエになー」
「まーまー・・・二人とも落ち着いて・・・」
と、責任者補佐役のH氏やベテラン格のT君らがおっとり刀で止めに入り、なんとか事なきを得たが、部屋に戻ると若いT君がニヤニヤしながら
「今、みんなで『にゃべさんが、Sさんに喧嘩売ってるんじゃないの?』って噂してたんだ・・・」
「アホか・・・誰がそんなあほな事を・・・」
普段から些かガラの悪いところはあるS氏だが、いつもはこんな物言いをすることはないから、やはり酒に強いこの男もK氏の醜態にあてられ、この時ばかりは悪酔いしていたとしか思えなかった。
年は明けて、仕事始め。
タバコを吸いに喫煙所へいくと、まるで追っかけて来たかのようなタイミングで
「お疲れ様です・・・」
と言いながら、続いて入って来たのはS氏であった。
なんとなくバツの悪さを感じながらその顔を見ると、あの厚顔そうな地黒のS氏の顔は変りようがないが、それでも珍しく眼が泳いでいるではないか。
「正月はノンビリ出来ましたか?」
とわざとらしく世間話を仕掛けると、かつて見た事もないような、引き攣った笑顔を浮かべていたぞー ( ´艸`)ムププ
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