運動神経の発達した2人の争いは体操ばかりに止まらず、体育大会のリレー競技でも相まみえた。ともに第一走者を務めた二人の対決に、注目が集まった。
小柄でサルのようにすばしこいミナコが、驚異的なロケットスタートで50m辺りまで爆発的な走りを見せると、スタートは大きく出遅れながら50m過ぎから驚異的な追い上げを見せるカオリ。運動神経の塊のような素早い足の回転と、小柄ながら全身に漲るパワーで風を押し切っていくように走るミナコに対し、春の微風を運んでくるようなカオリのしなやかで、それでいて躍動感溢れる走りの優美さは、誰もが惚れ惚れと見惚れずにはいられなかった。
この「一走対決」は、ゴール付近で一旦は追いついたかに見えたカオリを、再度突き放したミナコ執念の勝利となった(リレーそのものは、アンカーみどりの大逆転によって、カオリのC組が優勝)
次の勝負は、陸上競技会の100m走決勝に持ち込まれた。中距離が専門ながら、短距離でも学年一の速さを誇る陸上部員のみどりが、一人12秒台の圧倒的な速さで優勝を掻っ攫っていったが、注目のライバル対決の行方はミナコが3位、カオリは5位という結果に終わる。
しかしながら、カオリも負けてはいない。カオリにとってのリベンジは、冬に行われたマラソン大会だ。ここでは後半失速して14位に終わったミナコに対し、カオリは表彰台の3位でゴールし競技会のリベンジを果たす。
さらにスポーツテストでは、50m走と幅跳びでミナコが上回れば、持久走とボール投げではカオリが上回るといった調子で仲良く「一級」を獲得するなど、常に凄まじくハイレベルな争いを続けて来たライバルだった。
「彼女さ、最近注目され始めたから猫被ってるようなとこあるんだけど、元々はああ見えても結構サバケタ子でね。無論、あたしほどじゃねーけど。有名になった、例の『バカヤロー事件』ってのがあったじゃん?
あたしからすれば、あんなのフツーだしちっとも驚かんかったわけよ。てかあたしなら、あんなバカモノにはバケツの水ぶっ掛けてやるわさ (*`▽´*) ウヒョヒョヒョ
外見があーだから、気取り屋みたいに勘違いされてるんじゃねーかと思うけど、普段は
『オイ、カオリー』
『なんだよー、ミナコ』
って感じでね。
『アンタなんかにゃ、絶対に負けねーから』
『フン、見てな・・・そのうち、絶対に負かしてやるわ』
ってね・・・
あんな綺麗なツラしてても、気の強さじゃ向こうはあたしの3倍くらいだな ( ´艸`)ムププ
向こうは、私と違ってなまじっか綺麗だから、急に注目されて戸惑ってるっつーうかな・・・興味本位で見られるのを、すげー嫌がってるみたいね。見るなら、真面目に演技を見てくれと。なんでもいいから、注目されればOKっつーあたしなんかとは、えれー違いだわさ(*`▽´*) ウヒョヒョヒョ
事実、目立ちたがり屋のミナコは、体育の授業前に体育館の端から端までバック転やバック宙をやってみせたりなどの曲芸をして見せたりしたが、カオリはそのようなパフォーマンスとはまったく無縁だった。
そんな2人の関係に転機が訪れたのは、インターハイを2ヶ月後に控えた6月の出来事である。ミナコ、平均台から落下し骨折!
練習中の、この思いもよらぬアクシデントにより「全治数ヶ月」という悪夢の診断を下されてしまったミナコ。この時点で目標にしていたインターハイは、絶望となってしまった。
「あん時はそりゃ、ショックだったよ。中学の頃からずっと、自分が出ると信じて疑ってなかった桧舞台だし。こうなりゃ、もう病室の窓から飛び降りてやるぞーっ、て暴れたわ、あん時きゃ。看護婦さん、ゴメンよー」
日頃は太陽のように明るく、こうした話をする時も笑いに紛らしてしまう陽気なミナコだったが、さすがにこの時ばかりは違っていたらしい。
「病室でワンワン泣き出してちゃってさー・・・どーしていいかわかんなくて、困っちゃったよ・・・」
と、カオリは部活仲間に語った。
ライバルとはいえ長年顔見知りであり、また同じ釜の飯を食べて来た仲間の事だけに、カオリとしても複雑な心境だったろう。そしてライバル、というよりは中学時代から常に絶対的支配者のように、自らの上に君臨し続け飛躍を阻んで来たミナコのリタイアを機に、カオリの心境になんらかの大きな変化があったのだろうか?
カオリは一度しか見舞いに行かない予定だったらしいが、その時はミナコがカオリを見た途端に興奮状態に陥り号泣してしまったため、まったく話が出来なくなってしまった。コーチからは日にちを置いて再度行くよう指示が出たが、事情を訊いた担任教師が恐る恐る
「貴重な練習時間を削るわけにもいかん・・・」と特別に昼休みの延長許可を貰い、授業時間に食い込むという事態に鑑みキャプテンが同行した。
ここからは、ミナコがごく親しい友人に漏らした内緒話の又聞きだから、事実かどうかは不明だ。かなりドラマ仕立てになっているのは、噂を流した人物の脚色が入っているのかもしれない。
「結局カオリは二度、病院に来てくれたんだけどね。二度目に、お見舞いに来てくれた時さ。
『放課後は練習で来られないからさ、許可貰って授業の時間に来たんだ・・・教師は行きたい時は、いつでも申し出ろと言ってくれたけど、そうは甘えられないし・・・
悪いけど、もう今日限りにしとくよ・・・』
と言うカオリはすっかりやつれた感があり、心なしか元気がなかった。
『そんなの、全然気にすんなって。それよかアンタ、かなり痩せたんじゃね?』
『うん・・・最近プレッシャーで、食事も満足に出来なくて・・・食べてる途中で、苦しくなって吐き気がして来てね・・・正直、もうインターハイなんて、どうでもいいって感じだよ・・・』
『どうでもいいって・・・まさか、アンタ・・・早まった事は、考えるんでねーよ・・・』
というと、カオリは
『ああ!
もう、こんな生活から早く開放されたいよ・・・インターハイなんて、辞退したい!』
自嘲気味な笑みを浮かべたカオリは、ミナコがこれまで見た事のないような別人のような弱々しさで、すっかり蔭が薄かった。
「辞退って・・・まさか、本気じゃねーだろうな?」
「うるせーな!
この気持ち、アンタにゃわからんだろー」
「柄にもなく、すっかり怖気づいてたからさ・・・そこでバシーンと言ってやったよ、バシーンとね・・・ぎゃははは」
『バカヤロー!
この期に及んで辞退なんて、甘ったれんじゃねー。オマエみてーな根性なしは、もう体操なんて辞めちまえ!
二度と、私の前に現れるんじゃねーよ、このバカヤローが!』
「折角、お見舞いに来てくれたのに・・・そんな酷い事を言ったの?」
「なーに・・・そんなん言われたくらいで、おとなしく引き下がるタマかって」
案の定、血相変えたカオリは
『なんだとー、チクショー!
オマエなんか退院して来たら、また病院送りにしてやるわ、憶えとけ!』
と気の強いカオリもメンチを切って、あわや一触即発という雰囲気になったが、その場は看護婦とキャプテンとの取り成しで、なんとか事なきを得たとか。
「あのヨシノさんが、そんな酷いことを?
嘘でしょ?」
とかみんなに言われるんだけど、ホントなんよ。もっとも、カオリをよく知ってるあたしからすれば、あんなん全然驚かんかったけどね」
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