2004/12/10

ヒロイン誕生(インターハイpart4)

 夏休みの81日、注目のインターハイ(全国高等学校総合体育大会)が開幕した。教育テレビでは、連日夕方の2時間くらいの枠を割いて、このインターハイの競技の模様を中継していた。

この年は『A高』にとっては、まさに当たり年というべきか。全国にその名が知られるヨット部の出場は残念ながら叶わなかったものの、女子陸上部の大エースで800mに出場するみどりと、体操部の新エース・カオリという2人の女子が、個人の複数種目でインターハイ出場を決めるという快挙が生まれた。

この大きな舞台で、どれだけ戦えるかは未知数と思われたカオリに対し、みどりの方は持ちタイムを見る限りで充分入賞圏内であり、場合によってはメダルも夢ではないと大いに期待された

まずは、開幕早々の2日に登場したみどり。女子800mは予選8組に分かれ、各組2位までと上位8人が通過出来るという仕組みだ。ここは難なくトップで通過したみどりは、準決勝へ。午後からの準決勝は、3組(各組8人)の各2位までと上位2人が決勝に進出できるため、当然みどりは決勝に進むものと思われたが、ここでまさかの4位に終わり残念ながら決勝進出を逃す(結果は11位) 

残る頼みの綱はカオリのみとなったが、体操競技の始まる810日の数日前からは、恒例の高校野球の開幕を境に、NHKはそれまでのインターハイを野球中継に切り替えてしまった。

(なんだ・・・これじゃあ、カオリの勇姿が拝めねー)

やむなく新聞の地方版で、待ち遠しいその結果を確認する。

『体操競技始まる・・・女子個人で『A高』ヨシノ選手がベスト12入り。明日の自由演技出場へ』

という見出しが躍っていた。

予選の上位12人が翌日の自由演技出場権を獲得できる仕組みで、カオリは堂々その出場枠を手にしていた。

(あのインターハイで、決勝までに残っただけでも大したものだ・・・)

と連日、食い入るように新聞に目を通す日が続く。

 その年は体操では伝統のある某女子校に、後のオリンピック出場選手がいた。  言うまでもなく、総ての種目においてその選手が群を抜いていただけに、金メダルは望むべくもなかったが

12人までに残ったのだから、せめて入賞はしてくれよ・・・)

と汗まみれの手で、新聞を握り締めていた。

「アンタがそんなに熱心に新聞を読むなんて、珍しいね・・・」

と、茶化す母に対し

「このヨシノってのは、同級生なんだ」

と、自慢げに教えると

「へー、どれどれ・・・あ、ホントだ。『A高』って書いてあるわ」

「インターハイの決勝に残ったなら、大したものだ・・・」

と普段は滅多に人を褒めることのないオヤジも、珍しく感心していた。

同じC組同級生らしい、サッカー部のゴトーによると

「普段は大人しくて、全然目立たねーぞ。まあ、かわいいしオレ好みだけど・・・」

という事で、昨年同じクラスだったムラカミに聞いた時も、同じような返事だった。

さて、規定では緊張感からか9位とやや出遅れたカオリだったが、翌日の自由では伸び伸びと高得点を叩き出し、地方版にまたしても活字が躍った。

『A高ヨシノ選手、6位入賞を果たす・・・インターハイ体操競技。種目別、得意の床運動で銅。平均台でも4位入賞』

と見出しにあった通り、床運動では見事3位に輝き表彰台に上がるという快挙を成し遂げた。

 全校出校日に凱旋したカオリは、朝礼においてみどりとともに皆の前で挨拶を行った。

「皆さんの応援のおかげで、表彰台に上がる事も出来ました。まだまだ未熟なため、大会前は神経が参ってしまって、応援してくれた人たちに嫌な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

と美しい姿に似合わぬハスキーボイスとともに、ペコリと頭を下げると

「いいぞー、ヨシノー!!」

と、万雷の拍手に包まれた事は言うまでもない。かくして『A高』のヒロインが、ここに誕生した!

 ミナコとは別の意味で、精神的な修羅場を体験したカオリの方は、この出来事を機にさらに大きな飛躍を遂げていった。

「彼女が1回目に病院に来てくれた時はね・・・インターハイという目標に燃えてるような、あの元気なカオリを見て・・・入院中の自分が情けなくなっちゃってね・・・正直、逢いたくなかった・・・悪いことしたなーと思ったけど、あん時はホント、死にたかったんだ・・・」

というミナコも自らの内面との葛藤を克服し、2度目の顔合わせの時には素直に祝福するつもりで待ち受けていた。

「正直、インターハイに出られただけでも運が良過ぎじゃん、と私もバカにしてたな。あたしがケガをしたための、タナボタじゃねーかってね。実力が接近して来てるのは感じてたけどさ、まだまだ本番では負けねーぜっつー自信はあったからね。



それが、あの大活躍!

テレビはつまらん野球ばかりやってて腹立ったけど、新聞は看護婦さんに頼んで欠かさず持って来て貰ってたさ。



「これがこの前、ここで大立ち回りを演じていった、あのヤンキーですよー、とか言ってね (*`▽´*) ウヒョヒョヒョ」



で、インターハイが終わって退院・・・久々に彼女の練習を見てビックリよ。



『えーっ?

これが、カオリかよ・・・?』



って正直、何度も目を擦ったわ・・・信じられんくらい、上手くなってるじゃん。



外見はどう逆立ちしたって勝てねーけど、実力じゃ絶対に負けるわけねーと思ってたから、もう大ショックよ。なんつーか、もう全然別の人になっちゃっててね。



アンタ、ホントにカオリ?



もう、コイツとは一緒に練習出来ねーな・・・と。なんちゅーか、やっぱ『インターハイ帰りだかんね』的なオーラが出まくってるっちゅーね」

マシンガントークは、なお続く。

「マジ、すげーと思ったよ。あたしが怪我して、彼女1人にあれだけ異常な期待と注目が集まる状況の中だよね。すげー頑張ったんだろーし、ホント1人でよくやって来れたもんだとね。あたしだったら、どうだったかなって考えちゃったわ。



病院では偉そうに啖呵切ってやったけど、やっぱカオリがいないとダメだったかも、と思えちゃうしね」

こうしてライバルの成長を素直に認めるミナコは、やはり口は悪いが人間性は違った。

「ミナコも来年はヨシノさんに負けないように、頑張らないと」

と、皆から発破をかけられ

「おう、こんなとこで評論家ヅラして解説してる場合じゃねーっての!

あたしだって、このまま終わるわけにいかんぜ!」

最後にようやくミナコらしい、いつもの快活な大声と笑いが蘇った。

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