高校生にとってスポーツ最大の祭典といえば、国体とインターハイ(高校総体)である。
スポーツの盛んな『A高』では、お馴染みにゃべのサッカー部だけでなく、バスケットボール部、ハンドボール部といった球技のほか、全国にもその名が知れ渡っていたヨット部、或いは陸上部などはサッカー部同様、県内では強豪の一角に数え上げられていた(文化部では、吹奏楽部が全国大会優勝を果たしている)
そんな『A高』にあって、この年インターハイ出場が有力視されていたのが、御曹司タカミネの所属するヨット部と、個人では女子陸上部長距離のエース・みどり、そして女子体操部のエース・ミナコだ。
中でも陸上部のみどりは、中学時代から大きな大会で何度も実績を残して注目されて来た逸材である。中長距離では全学年を通じても圧倒的なスピードを誇り、前年から誰もが認めるインターハイの最有力候補と目されたが、この年は期待通り800m走で堂々の出場を果たした。中長距離だけでなく、陸上競技会の100m走決勝でも短距離選手を抑えて優勝し、さらには体育祭のリレーでもアンカーを務めるなど、オールマイティのランナーだ。
一方、過去にインターハイ出場を果たすなど、強豪校として知られていた男子体操部に対し、女子体操部の方はこれまではパッとした実績がなかったが、この年には陸上部のみどりとともに、インターハイ出場が最有望視されていたミナコがいた。ところが、このミナコは練習中の平均台から落下して足を骨折をしてしまい、インターハイ出場が不可能になるという不運に見舞われてしまった。
(個人種目で、2人同時出場ならずか・・・)
という学校関係者の落胆を尻目に、それまでミサコの蔭に隠れていた別の女子が彗星の如くに現れ、ミナコに代わって堂々インターハイ出場を決めたというニュースに、校内全体が驚いた。
3年生を押し退け、体操部部員としてはただ一人インターハイに出場を決めるや、一躍時の人になったのがカオリである。この二人の女子エースに共通するのは、いずれも男子部員が
「アイツの練習は凄い・・・見ているだけでも吐きそうになるくらいだ」
と舌を巻くほどの、日々不断の努力にあった。
みどりとカオリ。インターハイ出場を決めた2人だが、十人並みの器量に加えてひたすら走っているばかりの陸上の練習が面白味のないせいもあってか、男子の注目は抜けるような色白の美貌と、美しくしなやかなプロポーションを誇る体操選手のカオリに集中した。
体操部の全体練習が終わった後も、インターハイ出場決定後に臨時に雇い入れた専属コーチが付きっきりで、いつ終わるともないマンツーマン指導が続いた。
夜の7時、8時にクラブ活動を終えるスポーツ部の部員らが帰りがけに体育館を覗くと、ひっそりと静まり返った広い館内を独占してただ独り、カモシカのような手足を自在に操り美しく舞う、カオリの美しい姿がそこにあった(らしい)
噂を聞いたにゃべも、サッカー部員と連れ立って覗き見をした事があったが、さすがはインターハイレベルとあって素人目にも高度な技術と、鬼気迫る集中力を発散するその姿からは、本番さながらの緊迫感が漂い全身から強烈なオーラが発せられているかの如しで
(スギエ(ミナコ)以外にも、まだあんな凄いのが我が校にいたとは・・・)
と、目を瞠った。
そうした噂が噂を呼び、体育館の窓からカオリの美しい姿を一目見ようと、餓えた狼のような年頃の男子の覗き見が、引きもきらなくなっていった。
そんな状況下で「事件」が勃発した!
いよいよ本番が迫るや、遂にカオリのイライラは頂点に達したとしても無理もない。有名な「バカヤロー事件」が起きたのは、インターハイに向けた書き入れ時とも言える、夏休み間近の事である。
例によって、7時過ぎにクラブ活動を終えた卓球部のイトーは、そのまま体育館窓際の指定席へ直行するや、すっかりカオリの魅力の虜となり遂には練習終了の10時過ぎまで、呆けたように見惚れていたらしい。
長い練習を終え、洪水のように濡れた体育館の床にモップがけをするに至るまで、血走った目で食い入るように追っていたイトーは、遂に苛立ちの頂点に達したカオリから
「いつまで覗いてんだよー!
気持ちワリ―な、バカヤロー!」
と、普段からは想像もつかないような鬼の形相でメンチを切られ、そのあまりのギャップに大ショックを受けたとか。
翌日。
「ヨシノさんはインターハイという大舞台を控え、極度に神経がピリピリしています。いたずらに彼女を刺激するような行為は、厳に慎んでいただきたい」
と専任コーチから異例のお達しがあるとともに、他の部員が帰り独り練習に入るや気の毒にも酷暑真っ盛りの季節にもかかわらず、窓を締め切った蒸し風呂状態の中で過酷な特訓が続いた。
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