2004/12/20

T氏の上京(Gシリーズ第1章)番外1

 年の瀬も押し迫った、12月中旬の出来事である。

所属会社の代表である、A氏から

「現場近くまで行きますので、一度お目にかかりたい」

と連絡が入った。

これまで繰り返して来たが、このA氏とは同じ歳ながら嫌味な性格も手伝って、出来る事ならあまり会いたくはない人物である。それに、師走に入って確かに忙しくなっていたのも事実であり、連日帰宅は22時や23時を廻るような忙しない日々が続いていた。

「そう言わずに、何とか時間を作っていただけませんか?
(仲介者である)Tさんにも、にゃべっちさんの現況を報告しなければならない義務もあるし・・・ほんの30分程度で充分ですから・・・」

例によって、ネチネチとした粘っこい口調を訊いただけで、早くも嫌気がさして来たものだ。

(T氏といえば・・・そういや、10万円借りっ放しだったな・・・)

T氏には、東京に出て来て今回の案件が決まった後、マンスリー物件を引っ越した時に10万円を振り込んで貰っていたのだったが、その後音沙汰がなかったのを良い事に、すっかり忘れかけていたのだった・・・

「Tさんに報告なら、私が直接連絡すれば良いだけでしょ」

「まあ、そんな事言わんと・・・どうしても私に会いたくないというんなら、しゃーないですが」

思わず

(会いたくねーのは、今更言うまでもないだろーが)

というホンネが喉の奥まで出かかった。

そんなA氏からの電話が、二度ほど掛かって来た数日後の事である。

その日は横浜某にある別施設へ出張の日だったが、昼休みにファミレスで食事をしていると例のご本尊から突然の電話が掛かって来たのだった。

「やー、にゃべさん! ご無沙汰です、Tです。
今日、明日と東京に出て来ているから、是非一度お目にかかりたいと思います・・・ご連絡して下さい」

という、これまた例によって大声の気忙しい調子のメッセージが、数件に渡り入っていたのである。ギリギリになってから連絡をしてくるのがこのT氏のいつものやり方で、子供の如くに人の都合などはまったくお構いなしだから、なんとも困ったものだ。

 留守電のメッセージに気付かなかったふりをして無視を決め込むという手もあったが、折角数ヶ月ぶりに東京へ出てきて電話をして来た相手の気持ちを汲むなら、さすがにそうもいかぬ。なんといってもまだ10万円は借りっ放しであるし、当分の間は返すアテもなかったのだった。

契約中のマンスリーは、期限切れが迫っていた事もあって新しい物件探しに追われていたため、正直この唐突な依頼は迷惑としか言いようがなかったものの、仕方なく仕事が終わってから電話をすると

「明日の夕方に帰るからさ・・・その前に、東京駅辺りで会えないかな?」

「明日の夕方ですか?
実は今日は横浜に来ているのですが、今から帰るところでして・・・東京駅とか新宿とかは通りますが。ちなみに、今日のご滞在は、どちらですか?」

「今夜はダメなんだ・・・息子が一緒でね・・・」

「今はどちらに?」

出来る事なら帰りに通るついでの東京駅で、面倒な用件は済ましてしまいたい気持ちが強かった。

「今はまだ、ディズニーにいてね。久しぶりに息子と水入らずさ・・・昨日は一緒に風呂に入って、文字通り裸の触れ合いだったな・・ガハハハ」

(そんなクダラン話に、興味はないわ・・・)

「だから明日に・・・」

「明日ですか・・・何しろ今は、物件探しとか色々と忙しくて・・・」

「そうなの? まあ、ダメならいいんだ・・・元気でやってるのがわかればいいんで、元々特別な話があるわけじゃないからね。ともかく明日、改めて電話をするよ」

という話の流れで、その日は折角だからと関内で下車した。

当初は、中華街へ繰り出して夕食を食べていくつもりだったが、金曜の夜というせいか関内駅の混雑で早くも嫌気がさしてしまい、伊勢崎町のモール少しをブラブラした後で食事をして、大人しく帰路についた。

翌日は、土曜日で休日である。

午前中、近くの不動産屋2件で希望条件を出して物件のピックアップを頼んでおき、午後からはそのうちの一つの店から5件の物件を見て廻る事にした。 吉祥寺近辺の物件ばかりであり、若い女性スタッフとともに駅周辺から井の頭公園辺りを自転車でグルリと廻ったものの、気に入ったのはなかった。その日の物件は総てNGとして、その足でスーパーへ買い出しに行って帰ると、いつの間にか時計は午後5時近くを指していた。

 午前中に連絡のあったT氏からは

「夕方6時くらいに、東京駅で会いましょう」

という電話が入っていたが、次第に行くのが面倒になって来て

「確か昨日の話では、ご家族が一緒だとか・・・そんなところに邪魔をするのも悪いですし、今のところ特別報告するような変化もないので、今回は・・・」

と、何とかキャンセルに持ち込もうとしたものの

「息子とは、もうじきに別れるから大丈夫だよ・・・元気な顔が見たいだけだから、まあよろしく」

と、交わされてしまった。

「では、食事でもしていきましょうか・・・」(これで1万円は、余計な出費になるな・・・)

と考えつつも、半ばやけくそ気味に持ちかけると

「食事なんて、いいからいいから・・・息子と駅弁を買って帰るんだ。息子は一足先に飛行機で金沢に帰るし、私は新幹線で食べて行くのさ。お茶を飲むだけでいいから、そんなに気を使ってくれるな・・・」

「じゃあ、なにか土産でも持って行ってもらいましょう・・・」

と、渋々と東京駅へ向かう事になった。

平日ではなく、土曜の夕方だというのに中央線は相変わらずの殺人的な混雑で、前後左右から体を押し付けられるあの感覚は、すっかり自転車通勤が板についた身には辛かった。

(チクショウめ。 なんでこんな目に会ってまで、わざわざこっちから出むかにゃならんのか・・・)

と、益々腹立たしい思いが募ってきた。

ようやく東京駅に到着し八重洲口の改札に出ると、相変わらず元気そうなT氏の赤ら顔が目に入った。

「やあやあ、にゃべさん・・・元気そうで、なによりだねー」

相変わらず人目を憚らぬ大声で、しかし満面に笑みを湛えて迎える顔が、この地で見るのが初めてという事も作用してか、多少は懐かしくもある。

「Tさんも相変わらず、お元気そうで・・・」

「私は相変わらず元気だよー。ガッハッハッハ!」

久闊の挨拶を済ませると、席の取ってあった喫茶店に案内して貰った。

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