2003/12/08

ある女学生の犯罪(前編)



 レーコ姉が高校生時代の話。
 
 母はクリスチャンということもあるが、元来が育ちの良さから親切で気前の良い性格で一族皆から愛されていたが、イナカ育ちの偏屈な頑固者であるオヤジは何かと口うるさかっただけに、この姉妹からも敬遠されていた。特にレーコ姉の方は、持ち前の遠慮を知らぬ厚かましい性格と、無軌道を絵に描いたような名うての不良娘だっただけに、超の字の付くほどに昔気質な真面目人間のオヤジの方でも、その顔を見れば説教を垂れ始めずにはいられなかったらしい。

 ガミガミと小言の百曼陀羅も垂れるのが常だったせいで、要領の良いレーコ姉は次第にオヤジの留守を狙ってやって来ては、オヤジが帰ってくると風のように去っていく、というパターンが板についてきていた。

 そうした或る日の事である。

 「オイ! 
 オレの金庫の金が1万円減っとるんだが、オマエ知らんか?」

 唐突にオヤジからヘンな疑いを掛けられた母は、資産家令嬢上がりで気位は高いから怒るまいことか。普段の温厚な性格をかなぐり捨て

 「ちょっと! 
 冗談は止して欲しいくださいね。
 なんで私が、アナタのお金なんかに手をつけなきゃならないのさ。 それほど落ちぶれてはいませんよ!
 第一、あんな金庫なんて、どうやって開けるのよ?」

  と怒りの抗議をしながらも問い質してみると、以下のような話であった。
 
店舗には、オヤジの事務机の後ろに高さ1mほどの頑丈な据付耐火金庫がある。この金庫自体は、数字やら鍵やらから幾通りもの複雑な組み合わせから成るくらいにセキュリティは万全だったが、これとは別に当座用の金を保管していた手提げ金庫が壁を模した物入れに仕舞ってあった。欲張りなくせに、案外とズボラなところもあったオヤジは、この金庫の鍵を時々、締め忘れていたらしい。勿論、そんな事情は商売にはタッチしない母の知るところではなく、また自営業者のオヤジにしても1万円程度は大金というわけでもないので、この時はそれほどの騒ぎにもならなかった。

 ところが、この「怪現象」は、これ1回では終わらなかった。金額自体はしれてはいたが、その後も何度か金庫の金が減っているのである。とはいえ、母が掠め取るような事は絶対に考えらない。また当時中学生だったマッハは、陸上部のエースとして毎日厳しい練習に明け暮れていた。その頃は、生まれながらの秘密主義が益々嵩じており、夜遅くにボロ雑巾のように疲れて帰宅すると、家では食事を済ませたらさっさと離れの部屋に閉じ篭もっていたから、犯人適格性はない

 また、ミーちゃんとにゃべっちに至っては、まだまだどちらも小学校低学年生であって、その行動範囲は常に母の目の届く範囲を出なかったから、これも犯人適格性はまったくない。また、いかにがめついオヤジだとはいえ、石部金吉の真面目人間を絵に描いたような人間だから、狂言などは考えられぬ。となると、消去法からして、犯人として考えられそうなのは、離れのビルに住んでいたマリコ姉と高校生のレーコ姉のどちらかか、或いは2人の共犯という見方に限定された

 日頃はズボラなオヤジも、いよいよ被害が重なるにつれここへ注目し、一計を案じた。折り良く(折悪しく?)レーコ姉の姿を目にしたオヤジは、ある商品の売り上げ金8万円を意図して金庫の一番上に揃えておくと、案の定いつの間にか7万円に減っていた。

 (レーコめ! 
 やはり犯人は、アイツだったか・・・!)

 とオヤジは確信を持った。が、なにしろ相手は札付きの聞こえ高いヤンキー上がりのアバズレだ。面と向かって問い質したところで、素直に認めるようなタマではない事は、これまでの経験から充分過ぎるほどにわかっていた。レーコ姉を捕らえるのは、有無を言わさぬ現行犯でなければダメなのである。とは言え、オヤジは百戦錬磨の商売人であるだけでなく、人生経験豊富な中年男であるから、いかに地域にその名の轟く悪党・レーコ姉とはいえ、オヤジにしてみれば赤子の手を捻るに等しかった。

 そうしてチャンスを待つ間、偶々トイレに向かったオヤジが店の方から不審な物音を訊きつけた。押っ取り刀で駆けつけると、慌てて逃げ出すような人影。 犯人の逃げ足が早く正体こそは見逃したが、金庫の下の地面には慌てて逃げたせいか、そこに落ちているはずのない紙幣が一枚落とされていた・・・

0 件のコメント:

コメントを投稿