2003/12/19

岩風呂で満悦(天下の名泉へpart2)

 迎えに出てきた女将は、電話の強欲そうなイメージとは違い意外とまだ若そうな小柄であり、器量もそこそこ悪くはない。さっそく部屋へ案内してもらうと、外から見た小さい宿というイメージとは違い、内部は案外とゆったりした造りだった。部屋は10畳くらいだったが、テレビとストーブが置いてあるだけの殺風景なためか、やたらとだだっ広い感じがした。

下呂という町は至る所から温泉が湧き出ているために、寒い飛騨地方の中ではひときわ暖かいとは良く言われているものの、ストーブだけの部屋はさすがに冷える。

「このストーブひとつだけでは、なんだか寒そうだけど・・・」

と、ズバリ不安を口にすると

「このストーブは大型ですから、決して寒い事はないハズです・・・」

と、あっさり決め付けられてしまった。

だだっ広いだけの部屋で何もする事がないから、早速お目当ての風呂へ入る事にする。既に、宿のショボイのには絶望していただけに

(豪華でなくとも、せめてノンビリと寛げる風呂があればいいが・・・)

とは願いつつもさして期待もしていなかったが、意外にも嬉しい誤算であった。

天然風の石を組んだ岩風呂は、比較的小さなサイズとはいえツルツルとした石の感触が、なんとも肌に心地よい。さらに、内湯からガラス一枚を隔てた露天風呂も同様の岩風呂で、燈篭や木々を配した庭園風の情緒ある造りになっており、こちらの方には先客のジイさんが気持ちよさそうに湯の中で身体を伸ばしていた。

気泡風呂のように、天然から湧き出してくる内湯に身を任せていると、露天風呂の方からジイサンがあがって来たので、入れ違いに露天風呂の方へと移動する。深深とした外気に触れながら、空を眺めて入る岩風呂はなんとも堪えられない気持ちの良さである。

(やっぱり来て良かった!
ああ、極楽じゃ~ :*:( ̄∀ ̄ ):*:

食事の時間まで、たっぷりと湯を堪能して部屋に戻ると夕食の用意が整ったようだ。なにせ娯楽のまったくない土地柄だけに、いざ食事の段になると

(やっぱり、もうちょい上のコースにしといた方が良かったかな・・・)

とやや後悔に似た気持ちも突き上げてきたが、目の前に並べられていく料理は飛騨の幸をふんだんに盛り込んだ案外に豪華なもので、すっかり満足した。

 飛騨高山の名物といえば、朴葉みそを使った「朴葉焼き」の鍋料理である(朴葉みそとは、枯朴葉の上に味噌をのせ焼いて食べる飛騨の郷土料理)

《朴とは、もくれん科の落葉きょう木。朴葉は倒卵形で、長さ四十センチにもなる。 これを乾燥させたものを器代わりに使って麦味噌を敷き、その上に焼霜ふくたたき、白葱、しめじ、しし唐などを乗せて炭火で焼く。味噌が焼けて香ばしい匂いを放ちはじめ、材料に火が通ったら味噌をからめながら熱々をいただく。  朴葉のよい薫りが味噌に移り、絶妙な味わいを醸し出す》

朴葉焼きの薫りが部屋中に満たされそれだけでも充分に食欲をそそるが、飛騨の地酒、地ビールがこれまた旨く、風呂に続いてこの食事にはすっかり満足した。

食事を終わってしまえば、なにもする事がない。タバコを蒸かしながらゴロ寝をしていると、次第にまた寒さが襲って来る。飛騨では暖かいと言われる下呂とはいえ、さすがに名古屋人のワタクシにとっては、この底冷えするような深深とした夜の寒さは堪えるのである。

ストーブをもう一つ持って来てもらおうかとも思ったが、なんとなく言いそびれてしまい我慢を決め込む事にした。田舎で娯楽のない分、どうしても寝る時間が早くなるのは自然の成り行きで、寝る前にもうひと風呂浴びる事にする。

例の岩風呂は相変わらず、内湯にも露天風呂の方にもまったく人影がなく  

(他に何人くらい泊まってるんかいな・・・?)

と思わず余計な事を考えてしまったが、なんにしろこれだけの風呂を独り占め出来る機会などは滅多にない僥倖だ。誰もいないのを良い事に、隅々まで岩の感触を堪能して再び露天風呂へと移った。

ひんやりと身を切るような外気に包まれた身体を熱い湯に沈み込ませる時の、あの肌を刺すような感触がなんともいえない。外気が低いためだろうが、露天風呂の方はかなりの熱い湯になっているので「猫肌」のワタクシには長時間寛ぐという芸当は出来ないから、再び内湯に戻って身体を伸ばす。岩の感触と泡がボコボコと突き上げてくる感触が、なんとも堪えられないのである。

こんな豪勢な岩風呂を独り占めに出来る機会は将来ないだろうからと、いつになく随分と長い時間を過ごしたせいですっかり湯に当てられ、部屋に帰った時はすっかりお湯に酔ってしまった。

 起きていると、折角温まった体がまた冷えてしまうので、火照って気持ちの良いうちに布団に入ったまでは良かったが、電気を消すと障子窓越しに廊下の明かりが煌煌と部屋に射し込んで来るではないか。普段から遮光カーテンで真っ暗にして寝ているだけに、この明るさが気になって寝られない。おまけに深夜だというのに、仲居が廊下を歩く足音がやたらと耳に付き、音にも人一倍敏感な体質のワタクシには、まさに拷問のような環境だ。

遂に我慢できず、窮余の一策とばかり着て来たジャンバーやセーター、或いは使う事のない宿の浴衣などを片っ端からハンガーにかけて窓に吊るしてみたが、窓自体がやたらと無駄にデカいせいで、殆んど効果がない事に気付いて、温泉で温まった体もすっかり冷えてしまった。

(まったく・・・なんちゅー宿だ、クソっ!
こんなとこへは、もう二度と来んからなー!)

などとブツクサ言いながら布団を被っていたが、さすがに睡魔には勝てずいつの間にか眠りについていたらしい。

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