春。
入学後の浮ついた空気がようやく落ち着きを見せ始めた頃、いよいよ第1回目の試験が行われ、終了後には早速、廊下に上位10人の名が貼り出された。
すっかり親友となったシゲオと何気なく教室を出ると、向こうからクラスメイトが興奮気味にやって来た。
「オイ、にゃべ!
オマエって、スゲー賢かったんだな?」
「ん・・・?」
「まさか・・・オマエの名が、貼り出されているのか?」
と、目を白黒させるシゲオ。
「なんだろう・・・」
と不思議に思いながら二人で足を向けると、まだ結果が貼り出されたばかりとあって、掲示板の前は黒山の人だかりが出来ていた。
「あっ、にゃべ!
やっぱ、アンタって凄いね・・・」
と、人だかりを縫っていつの間にやら千春の姿と、横にはあの真紀の懐かしい姿もあるではないか!
「にゃべ、久しぶりー」
「おー、オーミヤかー。ホント、久しぶりだなー」
「元気にしてたー?」
「まあな」
推薦面接でチラリと言葉を交わしたとはいえ、実質的には中1時代以来、2年ぶりに再会した真紀だ。元々、大人びたところがあったが、色白の顔は一段と女らしさを増していた。
「しかし、さすがねー・・・ちょっと、早く見てよー」
と千春のソプラノに促されるように、沢山並ぶ頭越しに見た順位表には、なるほど上位10人の名の中に「にゃべ」の名が、麗々しく貼り出されているではないか。
(にしても、3位のテンカイってのは、どこかで聞いたような名だ・・・)
「3位のテンカイさんって、ウチらのクラスのコだよね?」
燦然と輝く「天海摩央」の名前には、確かににゃべにも見覚えがあったが
(確か、女子の委員長?)
などと思いを巡らせていると
「よーよー、5位とは、さすがじゃねーか・・・」
という声とともに後ろからポンと肩を叩かれ、振り返るとそこにはムラカミの姿が。
かくて『A高』最初のテストで、学年3位の摩央に次ぐクラス2番となったにゃべである。
(なんだ・・・学区トップの『A高』といっても、全然大したことはねーじゃん!
まったく勉強してないオレが5位だからな・・・ちょっと勉強すれば、すぐトップになれるんじゃ?)
と、学力考査7位に次ぐこの結果に、すっかり有頂天となった。
ところで学年3位に輝いた摩央だが、元々「天才」の誉れ高いことから女子委員長に選ばれるなど、その知名度は際立っていたとはいえ「美少女好み」のにゃべ始め、男子生徒の注目が学年で一、二を争う美形の白椿茜嬢に集中していたことは言うまでもない。
決してブスではないが、さりとて「美少女」とは呼び難い摩央に対するにゃべの関心が、この時点で薄かったのは無理からぬところで
(このあか抜けない女が学年3位ってのは、なにかの間違いか単なる大マグレに違いない・・・)
と、勝手に決め付けてしまった。
一方、堂々の学年トップに輝いたタカミネこそは、男子にはまったく興味がない自分を以てしても、ひと目で惚れ惚れと仰ぎ見てしまう男だった。
まず、180cmを超える長身からして目を惹くが、水も滴るような甘いマスク、さらには医者の息子というに留まらず、地元では有名な伝統的な医師家系の御曹司と、まさに絵に描いたような超逸材だ。「名は体を表す」と言う通り「鷹峰隼」というのは、まことにこの男のために誂えられたような名前と言えた。
学年2位のカトーは、さすがにタカミネほどは目立たないとはいえ、やはり見るからに利発そうなタイプの男で、シゲオと同じ地元A市に5つある中学では、最大規模の『A中』の出身だ。A学区は『A高』には最も近く、カトーの家は『A高』まで僅か5分という近さだ。
このカトーは、A市の読書感想文コンクールの入賞常連だっただけに、その名は以前からよく目にしていた記憶があった。改めて調べてみると、小学6年(高学年の部)での「最優秀賞」を筆頭に、4年生(中学年の部)で「優秀賞」、そしてなんと1年生(中学年の部)にして既に「最優秀賞」に次ぐ「優秀賞(主席)」を獲得していたところからも、早熟な天才性が伺える。最も記憶に新しいのが前年の「中学生読書感想文コンクール」で、にゃべと並んで「銀賞」を獲得しており、この時の表彰式では隣に並んでいたから顔にも見覚えがあった。
ところで、入学直後の学力考査の「学年7位」に続き、この第一期定期考査が「学年5位」という結果を受け
(『A高』と言っても、まったく大したことなかったな・・・まったく勉強などしてないのに、この順位だからな。やっぱ『東海』へ行っとくべきだったか・・・)
などと安易に結論付けそうになったものの、順位表には合計点数も記載されている。で、よくよく見直してみると、この「トップ3」の点数というのが、4位以下とはまったくかけ離れて群を抜いていた!
さらにこの「トップ3」は、入学時に行われた学力考査においても、上位3席(この時はカトー、タカミネ、摩央の順で)を占めたことからも、どうやら突出した存在と見られた。
ところで『A高』での東大合格ラインは、おおよそ10番くらいまでが目安と言われていたから、この時点では自分も「東大合格ライン」と言えたが「トップ3」に至っては、東大法学部も余裕レベルでまず疑いなかった。