残るS社での待機期間は引越し準備、帰省など適当な口実を設けてサボりながら待機期間を過ごしてきたが、いよいよそれも終わろうとしていた。
大手メーカー系列のN社へ打ち合わせに行くと、総務の人事担当の女性から
「勤務先の住所等を教えて下さい」
「まだ、正式な住所とかは訊いてないので・・・」
「ではわかり次第、私の方へ送って下さい」
という遣り取りがあり、緊急会議で遅れて来た担当のシニアマネージャー(部長)が、そのフォームを見て口を挟んで来た。
「これは・・・?」
人事の女性が説明すると
「ちょっと待ってよ・・・この人の場合、ちょっとまずいんだ・・・今回の現場は、公に出来ないところだから・・・ちょっとN社と相談してみないと・・・」
「???」
「あまり詳しくは話せないけど、国務機関でセキュリティの非常に厳しいところだから・・・極秘の政府系プロジェクトだからね・・・Nの中でも本当の担当者以外には緘口令が敷かれているし、所管省庁の内部でさえ知ってる人間が殆どいないくらいだから・・・」
確かに「セキュリティの大元締めのようなところ」とは所属会社や面接時のNのお偉方には訊いてはいたものの、単に「官庁」としか訊いていなかったから大方
(総務省か、経済産業省辺りか?)
と見当を付けていたのだったが・・・実態は某省庁が新たに設立した、社団法人の極秘研究所であるらしい。
「これに目を通しておいてください」
とシニアマネージャーから手渡された分厚い資料には、堅苦しいお役所特有の文言で条例が書いてあるばかりで
(こんなツマランものは、読んでもしゃーない・・・)
と決め付けてしまい、引き出しに放り込んだまま、いよいよ挨拶の日を迎える事となった。
NS社の担当役員に挨拶をした後はN本社へ行き、ここから営業と部長同行で内幸町にある件の某政府機関へ。ここで担当者と上役に挨拶をしてようやく都下某市の現場に着いた時は、既に午後3時頃になっていた。
「某官庁での仕事です・・・セキュリティの問題上、公に出来ない現場なので配属になるまで詳細はお知らせ出来ませんが、ご了承願います・・・」
としか訊かされないままに、嫌な予感に包まれたまま「その時」を迎えたのだが、嫌な予感はやはり的中した。配属されたのは『某国務機関直轄の極秘プロジェクト』という、厄介なセキュリティ関係の機関であり『国家の最高機密を与る立場上、守秘義務に照らし』て現場の場所やプロジェクトの中身については、一切触れるわけには行かないのである。
こう書くとあたかもオーバーに感じられるだろうが、これはマンガでもドラマでもない紛れもない現実であり、現にこのプロジェクトそのものの本当の役割を知っている人は、日本中でも数えるほどしかいないらしい。また拠点となっているビルには、表向きは別のテナント会社の看板しか出ておらず、知っている者はやはり各省庁の担当者数人のみという事らしい(テロ対策のため)
「貴方の身分は『社団法人ナントカカントカ研究所の主任研究員』であり、所内のシステム及び業務の内容については、たとえ親族や会社の上司と言えど一言たりとも話しては罷りならぬ」というお達しが出た。単なるお達しではなく、行政府の長や関係官庁の長らと(会社の社員としてでなく)一個人として「ン年間の守秘義務契約」を結ぶ事になるというもので、正式就任となる日には「辞令」を貰うため九段の所轄官庁へわざわざ出向かなければいけないという、なんともシチ面倒臭い話になったのである。最高機密のある某サーバ室を始め、各役割に分かれたサーバ室へ入るためには複数のICカードと指紋・虹彩・静脈などといった複数の生体認証を潜って入らなければならないという、まるでSFのような笑ってしまう世界だ。
そんなわけで、代々木から吉祥寺に引っ越したとはいえ現場が吉祥寺にあるとは限らない。ともあれ、日本一を争うであろう「新宿駅南口」の毎日のラッシュから開放される事になった事は、実に喜ばしい限りであった。
例によって、引越しの時期に重なってまたしても「今年最強の台風」がやって来たが、なんとか台風一過の日に引越しを終えた。
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