小・中学生時代は同じ顔触れが続いた事もあって、リーダー格としてやりたい放題を貫いてきただけに、いきなり殆ど見知らぬ顔ぶればかりとなった環境の激変には、しばらく戸惑う事になってしまったものの
(ま、そのうちに馴染んでくるだろう・・・)
と鷹揚に構えていた、にゃべ。そんな時、前の席に座るもっさりとした風采の男が、唐突に話し掛けて来た。
お互い手持ち無沙汰を紛らわせようと、とりとめのない会話を交わすうち、すっかり気が合い打ち解けてしまった。
「おい、にゃべ!」
「ありゃ?
なんで、オレの中学時代の愛称を知ってんだ?」
「そりゃ、オマエ・・・ほれ。初日に、遅刻して来たろーが。あれ以来、有名人だぞ・・・オマエは」
どうやら初登校日に、あの癖の強い千春のソプラノが響き渡ったおかげで、注意深い生徒らには「にゃべ」という呼び名と顔が、すっかり刻印されてしまったらしかった。
「そういうオマエは・・・?」
「オマエと苗字は同じだからな・・・まー、シゲオと呼んでくれや」
「シゲオか・・・」
香らの住む、A市高台ニュータウン「虹ヶ丘」から、さらに北へと坂の続く道のアップダウンを繰り返した辺りの、こちらの方もニュータウンと言われた住宅街の高台にシゲオの家はあった。この辺りは『A高』の最寄駅からも近く、立地的にはA市の最北部に近いかったが、商業都市として市の中心部に当たる事から、A市に5校ある高校のうちの3つがこの周辺に集まっていた。
『B中』で、にゃべの友人だったイモやシモッチが通っている『A工高』も、シゲオの家からほんの目と鼻の先といった距離で『A高』へも近い。そのA市の中心となるA学区の出身で、平均的にB学区に比べ垢抜けた感じの学生が多い中にあって、ヤマアラシのようなボサボサの長髪に埋もれた眠たげな顔は、一見したところ風采のあがらなそうな、もっさりしたイメージ(要するに「紅顔(「厚顔」ではない!)の美少年」と謳われた自分とは正反対のタイプ)だったが、見た目とは違い愉快な社交家であるばかりか、かなり頭の回転が早い事も話して直ぐにわかった。
にゃべ好みの歯に衣を着せぬユーモリストであり、外見は別とすれば性格的には、あの畏友ムラカミと似たタイプだ。こうして新たな友と、日一日と親しさを増していった。
シゲオとの出会いは、思い出すと実に笑ってしまう。入学して間もないころ、たまたま同じ『B中』出身者と
「ゴジラは空を飛ぶぞ」
「バカモノ、飛ぶわけねーだろ」
という実に下らない論争をしていたのを、前の席にいたシゲオが訊いていたらしい。
「オマエ、アホか!
ゴジラが飛ぶわきゃね~だろ~が」
と、いきなり割って入ったのがきっかけだった。
(なんだ、コイツは・・・?
初対面のくせに、随分と馴れ馴れしいヤツだ)
とは思いながらも、こう頭ごなしに否定されておとなしく引き下がる、にゃべであるまいか。
「オマエこそ、無知なヤローだな。オレは、ちゃんと映画で観たんだから、間違いねーって」
すかさず反撃に出たが、敵も負けてはいなかった。
「そりゃ、ガメラと勘違いしてんだろ?」
「ゴジラとガメラを間違うかい!」
と水掛け論となり、遂に大声での論争を訊き付けた周囲の男子生徒が集まってくる事態に発展した。
「なあ、おい!
ゴジラって、空飛ぶかー?」
と、片っ端から見ず知らずの学生を捕まえては論争に巻き込んでいった、その厚かましさには苦笑するしかなかった。長髪は厳禁で、スポーツ刈りのようなイガグリ頭が校則だった『B中』に比べ、校則自由な『A中』の男子学生は軒並み長髪だったため、それだけでどの生徒も『B中』生よりはいくらか垢抜けて見えたものだが、このシゲオもご多分に漏れず長髪だった。
が、彼の場合はヤマアラシのように盛り上がった、見るからに硬そうな髪に隠れた小さな目が、いつも眠たげな感じのパッとしないルックスは、他の多くの『A中』生のように垢抜けていたとは言い難い。
ところが、そのイカツイ外見とは裏腹に、話してみると非常にユーモラスな男なのである。こうして型破りのシゲオが、これまでの友達の誰とも趣を異にする新しい、そして『A高』における最初の友となった。
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