待機中の会社へは「引越し準備」とか「帰省」と称してサボりを決め込んでいたが、その実引越しとはいっても賃貸物件は高額な初期費用を払うリスクを考え、既に別のマンスリー物件に入居を決めていただけに、実際には電話一本で契約はあっさり終わっていたのである。
新しい物件は勤務地から近い吉祥寺に、キャンペーン中の思わぬ出物があった。元々分譲マンションとして造られたものだけに、レンガ張りの外観からしてこれまでの物件とは大違いだったが、室内も前物件の倍のスペースに、バス・トイレが別で大型のクローゼットもありという思わぬ掘り出し物である。
キャンペーン期間は9月一杯だったが、今の契約が切れる10月10日前後までゴリ押しの引き伸ばしをして、残る一室を確保したのであった。ただしキャンペーン物件最長の3ヵ月契約をしたために、3か月分の家賃(約40万)を先に払わないといけないから、賃貸物件の初期費用に充てるつもりで月末払いの給与の前倒しをして月初に振り込んでもらったが、改めて金策に走る必要があった。
そんなこんなで野暮用に追われているタイミングで、所属会社のS社代表のA氏から「至急、来られたし」という連絡が入る。話を訊くと、当初は基準時間内の固定給に時間外手当が別になるという契約内容だったが、直前になってN系列の会社から時間外も含めた固定給制に変更になった、との申し出があったらしい。N社所属のNW部門主任の後釜という位置付けからかもしれないが、それで固定給に上乗せする金額もハッキリせず、またしても数日待たされる事になった。
そうしたタイミングで、かつて二度目の上京の最初のところで一番最初に内定を貰いながら、当日から3つばかりの会社から重なって内定が出たため断りを入れた会社から、電話が掛かって来た。
「やあ、にゃべさん、お元気? その後、どうですか?
勤務先は決まりましたか・・・?」
「まあ。 一応は・・・」
「そうですか・・・それは何よりですね・・・」
「一応はですがね・・・ところでなにか・・・?」
「いや・・・実はまだだったら、ご紹介したい仕事がありましてね・・・」
「ほほぉー・・・それはどんな・・・?」
「でも、決まったんじゃないんですか?」
「決まったようなものですが、厳密にいえば100%決定とは言えない部分もあるので・・・」
「ナルホド・・・では念のため、話だけでも聞いておく気がありますか? いや、実は非常に好条件の話が・・・」
と、Y氏の話が始まった。
「実は先日、にゃべさんからは『方向性にずれがある』という事でお断りを受けた、同じ案件なんですがね・・・」
「あれ・・・? あれからまだ、決まってなかったと・・・?」
「いや・・・あの後で違う人が決まって、直ぐに入ったんですけどね・・・1ヶ月でNGを出されまして・・・NGというか運用経験はあるので次の運用フェーズからならばOKというんですが、プロジェクト立ち上げの経験がないので・・・ここは、やはりこの前のにゃべさんが空いていれば、是非にどうかというお願いが来ましてね・・・」
正直なところ、他者との競合で断りを入れた時の後味の悪さは感じていたし、契約内容など話がコロコロと変わって来たりするS社には、ホトホトウンザリしつつあった時期である。こうまで言われては、技術者としての血が騒がないはずはないのだったが(しかもクライアントの切羽詰った状況からか、提示された条件が、相場を10%上回るS社よりさらに上を行く25%増しであった・・・)
そこで、S社代表のA氏に
「あまりに話がコロコロと変わるし、いつまで経っても契約書が提示されない状況に鑑み、(この前取り交わした覚書は、もう無効になったし)今度の契約内容によっては、お断りする事も考えております」
とメールを送ると、早速覚書の改訂版が送られて来た。
それによれば、時間外を含めた固定で幾らかを上乗せし(R社の固定額に近付いた数字)、さらに締結のため翌日S社を訪れると
「このプロジェクトは某国務機関直轄のものであり、元請けは天下のN社です。既ににゃべさんはN社との打ち合わせにおいて、機密文書にも目を通されている関係上、今になって身を引く云々となると賠償どころかトンデモナイ大問題となりますよ・・・決して脅すわけではないですが・・・」
「それは、これまでの御社の契約がいい加減だったからで、そんなものに私は一切捉われない」
と言い返した事は言うまでもないが、とにもかくにもここに至ってようやく正式な契約の中身は提示された事で、腹を決めて「某国家機関」とやらに出向する決断となったのである。
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