第6番 ニ長調 BWV1012
この曲は、通常のチェロに高音弦(E弦)をもう1本足した5弦の楽器用に書かれている。その楽器とは、バッハが考案したともいわれるヴィオラ・ポンポーザだとする説もあり、近年復元され度々演奏会で使われるようになった。この楽器は、ヴァイオリンのように肩にかけて弾く小型のチェロ(ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ)で、音域もチェロと同じである。その他古楽器による演奏では、やや小振りで足に挟んでかまえるチェロを使用する例が見られるが、実際にバッハがどのような楽器を想定していたかは分かっていない。現代楽器では、一般的なチェロで弾かれることが多い。高音部を多用しており、現代チェロで弾くと緊張感の高い音色となる。4弦の楽器で演奏するとハイポジションを多用することになり、演奏が難しい。
今では「無伴奏チェロ組曲」は「チェリストにとっての聖書」とされるだけではなく、数あるバッハの作品群の中でも特に重要とされる名作と認められている。
タイトルの通り、たった1台のチェロで演奏されるが、音を重ねて弾く重音奏法などにより、多彩な表情を見せる重厚な作品である。
この組曲は、18世紀前半に作曲されたと見られているが、20世紀前半まで200年もの間、ほぼ忘れ去られていた。それまでの200年間は、誰もがバッハの真の意図を理解することが出来ず、精々「単なるチェロの練習曲」程度にしか見られていなかったのである。
20世紀に入ると、当時13歳だったチェリストのパブロ・カザルスが、この作品の古びた譜面をマドリッドの楽譜屋で偶然手にした。ここから事態は一変、いや「音楽史が変わった」
カザルスと言えば、多彩な表現を生み出すための現代的なチェロの奏法を編み出した天才である。とはいえ僅か13歳にして、それまで200年もの間、誰ひとり見抜くことのできなかった、この曲の持つただならぬ真価を察したというから、まことに恐れ入る。カザルスは、その後密かに10年にわたって研鑽を積み、満を持して開かれた演奏会は音楽界に衝撃を齎した。
「単なる練習曲」であった「無伴奏」が「立派な芸術作品」として扱われた最初の瞬間であり、と同時に「単なる伴奏のための楽器」と捉えられていたチェロを「立派なソロ楽器」として確立させた瞬間でもあった。
このエピソードが物語るように、いかな名曲でもそれを正しく解釈した上で演奏してみせる演奏家がいなければ世に出ることが出来ず、逆にまたいかに超人的な名演奏家が居ようとも、リスナーの心に訴える名曲がなければ宝の持ち腐れなのである。
実はバッハには、これに似たエピソードがヤマほどある。死後、長い年月が経過してから世に出た作品が多いのは、上記のようにバッハの真の意図するところを正しく理解した上で、解釈通りの演奏が可能な演奏家が極めて少ないからであろう。
単に楽譜に書いてある音符を音にするだけなら誰にでもできるが、それでは「Classic音楽」ではない。作曲者の意図を理解、咀嚼できる高度な知識や音楽的頭脳と、それを正しく表現できる高度な才能や技術が必要とされる。こうしたことから、バッハは「演奏家を択ぶ作曲家」と言われるのである。
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