2004/08/29

シンクロ「銀」というドラマ(アテネオリンピックpart12)

 シンクロのデュエットは、84年ロサンゼルス大会以来、実施された4大会総て(96年アトランタ大会は非実施)においてメダルを獲得して来ている、いわば「お家芸」ともいえる競技です。とはいえ当初はアメリカ、カナダの厚い壁を破る事が出来ず「3位」が日本の定位置でしたが、前回は初めて2強の牙城が崩れロシアに次ぐ「」を獲得しました。

一方、96アトランタ大会から競技が始まったチームの方は「3位」→「2位」とステップアップしつつも、こちらの方も近年は圧倒的な強さを誇るロシアの後塵を拝するのが恒例だっただけに、デュエット同様「」は日本関係者の長年の悲願でもあります。

そんな状況の中、やはり今大会もいつも同様に大方の予想通り、日本とロシアの事実上の一騎打ちとなります。オリンピック・オタクのワタクシにして意外に思われるかもしれませんが、オリンピックの数ある競技の中でも特に人気が高いと言われるシンクロには実はあまり興味がなく、したがってメダルが確実視される種目でありながら正直深夜に眠い目を擦りつつ観るほどの熱意がありませんでした。

(どうせロシアには絶対に勝てないんだから、銀に決まってるし・・・)

と心の中で決め付けている部分もあり、またその通り今回も結果はやはりデュエット、チームとも定位置といわれる「2」で悲願の「金」には手が届きませんでした。

そんなわけで、これまであまりシンクロをじっくりと観戦した事のないワタクシだから採点に関して云々する事は出来ませんが、各方面から「あの採点はおかしい」という声が訊かれます。

いわく「芸術性やプログラム構成のオリジナリティでは、明らかに日本が上である」また「ロシアとウクライナの審判のみが、他の審判に比べ異常に点数が低いのは差別である」といった情けない声まで訊かれましたが、これらの声があながち的外れと一笑に付す事も出来ないのは、毎回繰り返し訊かされる事からも明らかでしょう。

今回に限ったことではなく、ここが採点競技の辛いところです。かつて、採点には随分と泣かされてきた女子フィギュアスケートの伊藤みどり選手や、篠原選手を始め旗判定で不当にも正当なメダルを捥ぎ取られてきた柔道の数え切れないくらい多くの選手などの経緯が示しているように、欧米人審判の人種的な偏見は絶対にあると思うし、これからもなくなっていくような事はないと思って間違いないでしょう。

加えて、オリンピックを始めとした殆ど総ての国際大会は実質的に欧米人で仕切っているといっても過言ではないでしょうし、これもまた今後も当分の間は変わるところではないのでしょう。

となると日本チームの取り得る態度としては二つしかなく、一つはそうした信用できない評価に委ねることなく、採点結果は無視してあくまで自らの理想の演技だけを追求していくか、逆にあくまでも「」という結果に拘るのならば自らの技を磨くだけでなく、この状況の中でどうアピールをしていったならロシア以上の評価を得られるか、を徹底的に追求して行くしかありません。

いみじくも関係者が指摘していたように「ロシアの選手が溺れでもしない限り、日本の金は無理」というのが冗談ではなくまったく的を射たところであり、今のやり方では演技の内容が幾ら進歩しても永久に「銀」どまりである、というのが悲しい結論ではないのでしょうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿