幸いにして今の時代には、インターネットというこのうえなく便利なものがあるのが大助かりだ。
長谷寺と一緒に見学出来そうなところをwebで検索しているうちに、當麻寺を見つけた。しかも長谷寺と同様、牡丹の名所というからなおのこと好都合であり、さらに好都合なのは近くに石光寺という、これまた牡丹の名所がある事である。そこで、この3日目は長谷寺と當麻寺をメインに、じっくりと腰を据えて観賞するスケジュールを立てた。
予定通り朝早く出発し、9時前には長谷寺に到着。混雑は覚悟していたが、時間がまだ早かったせいか、思ったほどではなかった。
長い参道を歩いているうちに、徐々に観光客の姿が目に付くくらいに増えて来て
(ようやく、長谷寺に来る事が出来た!)
という実感が、ヒシヒシと湧き上がってくる。石段を上がった高いところに仁王門があり、バックに山々が連なる景観が見事である。
有名な牡丹の登廊は、仁王門を潜ってすぐのところにあった。本堂や五重塔など主要な伽藍群は、この登廊を上がったさらに上にあるのだが、そこまでは399段もの石畳の階段が続く。5月始めとは思えない初夏のような暑さの中で、399段は大変なようだが、実際に上がってみると登廊の両側に満開の牡丹が咲き乱れ目を奪われるせいか、案外楽しいうちに上がれてしまい「これで399段?」と思えた。設計した庭師(?)に敬意を表したいところだ。
これまでワタクシが見てきた牡丹園といえば、名古屋時代に徳川苑で見たものくらいしか記憶になかったが、長谷寺の場合はあれだけの広い場所だから、牡丹くらい大振りな花でなければ見応えにも欠ける。なにより牡丹そのものだけでなく、背景の新緑の山々を借景にいただき、全体でひとつの絵画的な景観をなしているのが、また素晴らしいのである。
登廊の真中過ぎまで左右に広がる牡丹園を尻目に上がってくると、突き当たりで右に曲がる。ここは短くなっていて、蔵王堂でまたすぐに左へ折れると本堂へ出る最後の石段である。
この辺りまでくると地味な花ばかりになるため、これまでの疲れを一気に感じた。とにもかくにも399段を上り詰めると手前に鐘楼、そして向こうに大きな本堂が視界に入った。
この399段の登廊階段は、階段を登りながら108の煩悩を落としてゆき、399段を上がりきった400段目で四(死)を越えて、ご本尊の十一面観音と対面という考えによるものらしい。
<奈良、長谷寺の最初の十一面観音像は、天平年間に楠木の霊木で造られたという。現在の御本尊(重文)は天文七年(1538)に作られ、身丈10メートルを越す我国最大の木造仏である。
長谷寺のご本尊さまは、十一面観音菩薩立像。右手に錫杖、左手に蓮華をさした水瓶を持って方形の大盤石という台座に立つ、いわゆる長谷寺式十一面観音像です。開山徳道上人が造立して以来、度重なる火災により再造を繰り返してきました。現在の御尊像は、室町時代の天文七年(1538)に大仏師運宗らによって、造立されました。 像高三丈三尺六寸(1018.0cm)、我が国で最も大きな木造の仏さまである>
ワタクシ的には、観音様にはあまり興味は湧かなかったが、さすがに有名な観音様だけに皆が足を止めて、ありがたそうに三拝九拝しているワキを通っていく。ちょっと驚いたのは、画学生らしい女学生が写生をしている姿をあちこちで見かけた事で、地べたに座り込んで熱心に観音様を見つめては筆を走らせていた。
長谷寺の舞台は、ちょうど清水の舞台のように前面に迫り出した造りで、清水の舞台にそっくりだ。
今、登って来たばかりの階段や伽藍が一望できる舞台からは、新緑の山々に埋もれた朱塗りの五重塔が、鮮やかなコントラストで素晴らしい。
舞台を降りてグルリと、先ほど見た五重塔の方へと進んでいく。五重塔と言っても、興福寺や法隆寺のような重厚な大きなものとは違い、非常に華奢な感じのする朱塗りの塔である。
躑躅や石楠花などが咲き乱れた小路を通って、本坊中庭より長谷寺の本堂を仰ぎ見ると、鮮やかな起伏に富んだ境内の伽藍が一望できた。
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