かつて『小学生編』で紹介した通り、A市の「小学生読書感想文コンクール」で見事「最優秀賞」に燦然と輝いた、にゃべ。この市主催によるコンクールが、どのくらいのサイクルで行われていたのかは知らない。
元々、筋金入りの怠け者であり、自ら進んでこうしたイベントに参加をするような事は考えられなかっただけに、中学を卒業するまでは一度の例外を除き作品を出す事はなかったが、3年生の時には国語の宿題として参加が義務付けられた。
貴重な自由時間を割いて、気の進まぬままにしぶしぶと書き上げた作品だけに、決して傑作とは言い難かったが
(手抜きとは言え、オレほどの文才を持った中学生がそんなにいるはずはない・・・巧くすれば、今回も「金賞」を戴きか?)
などと密かに、都合のいい目算を立てていたものだった (*Φ皿Φ*)ニシシシシ
しかしながら二匹目のドジョウを掴む事は叶わず、結果は「銀賞」に終わった。
(クソ・・・こんな事なら、もっと真面目に書いておけばよかった・・・)
と後悔しながら、発表された同じ佳作(3人)のうちの一人と、銀賞の『A中』生の作を読み
(この程度のものなら、いくらでも書けるわ・・・やはり真面目に書けば、絶対にオレが金賞だったのだ・・・)
と後悔と納得をしつつ、金賞の作を読み始めた。
期待はしていなかったが、読み始めて
(これが金賞なら、オレの方が遥かに・・・)
と、3度目の欠伸を噛み殺そうとして、物語途中からようやくにしてその作品の真価に迫った。
そこには心に深い闇を抱えた少女の、精神の深い葛藤が婉曲な筆致で見事に描かれ、まことに思いもよらず作品世界に一気に惹き込まれて息つく暇もなく一気に読破してしまった。
「これが本当に、中学生の作か?
いや、素人の書いたものなのか・・・?
テーマは一見平凡だが、その実これだけの深い精神性を奥深くまで掘り下げたメインテーマを、周到なオブラートに包み込んでいる二重構成だ。
もしかすると内容充実度だけでなく、文章そのものもオレより上手いのでは?」
素人離れのした枯れた筆致と文章力であり、ムラカミなど高い読解力を持った者たちからも、同じような意見が聞かれたのも無理はない。当時、文章力には絶対の自信を持っていただけに、これは大きな衝撃であったと同時に、また
「親か姉さんが、代筆したのではないか?」
と疑いを持った。
その後、何度か繰り返して読んでみたが、その一見枯れたように筆致の中に若い女学生でしか書けないような、清潔で熱い情熱が仄かに垣間見えた。何度読んでも色褪せることのない魅力的な名文が、控えめな中にも生き生きと躍動して輝いているのである。
「これは、なんとも・・・あんなやっつけ仕事のようないい加減な気持ちで書いた作で、同じ土俵に上がっただけでも恥だ」
と、激しい後悔に苛まれながらも
「それにしても一体、どんな学生がこの作を書いたのだろうか・・・?
是非とも、お目にかかってみたいものだ・・・」
元来が負けず嫌いではあるが、この時は嫉妬以上に
「この文章を書いたヤツは、真の天才かも・・・どんな人物か、一度実物に逢ってみたい」
という真摯な欲求に駆られ、珍しく授賞式を密かに楽しみにしていたのだが、残念ながらその夢は幻に終わってしまった。
翌年『A高』に進学。最初の試験である第1期定期考査で学年5位を記録し、恭しく廊下に貼り出された成績表のひとつ上、つまり4位に書かれた女学生の名前を見た時に
(ハテ・・・確かに、どこかで見た名前なんだがな・・・)
と脳裏に訴えかけるものがあったものの、トップだった同じクラスのマザーや違う高校に進学したと思い込んでいたヒムロらの名前の前に、すっかり埋没してしまっていた。ようやくの事で、あの佳作に終わった「A市中学生読書感想文コンクール」の「金賞」受賞者として載っていた名前を思い出したのは、随分後になってからだった。
前の年の出来事とはいえ、それほど思い出すのに苦労したのには、元々日本でも有数の苗字であった事に加え、授賞式に肝心の「主役」が欠席していたという忘れ難い特別な事情があった。その時は「病欠」と訊いていたが、後に大学生になってから思わぬ形で、その当時の「真相」を聞く事になったのである。
麻衣子と同じ『D中』出身であり、O大に進学した元同級生の恵(当時はO大生)と、大阪の町でバッタリと再開したのだ。特に親しいわけではなかったが、互いに不慣れな関西の町でバッタリ逢った事で懐かしい気持ちになったのは、ともに同じだったか。近くの喫茶店に入り駄弁っているうちに、なんとはなしにコンクールの話が出た。
「にゃべとは『A高』に入る前に、中学の読書感想文コンクールの授賞式で逢ってたんだけど・・・ どーせ、憶えてないよね?」
「あんまり憶えてねーな・・・あの時は金賞の作品に感銘したから、どんな女学生だろーかと、そればかり楽しみにしてたからな」
この純朴を絵に描いたような小柄なO大生をからかってやろうと、持ち前の悪戯心を起こした。
「実のところ、うちの学校ではな・・・
『あれは親や、姉さんが代筆したんじゃねーのか?』
と、もっぱら評判だったな・・・早い話がインチキじゃねーのかとw」
「うち(D中)じゃ、みんな彼女の事は知ってるから、誰も疑っていなかったけど。そもそも彼女って一人っ子だから、お姉さんもお兄さんもいないよ・・・」
「まあオレも、何度か読み返してそう思ったが・・・あれだけ分かり難い構成だから、下手すりゃアホな審査員の目に留まずに、落選した可能性もあると思ってな。審査の眼を意識する事なく、あくまで自分の書きたい事を綴れるのは、たいしたものだと思ったよ」
「まあ、そーゆーところが彼女なのさ・・・」
「(病的なまでの色白痩身と、必要な時以外は殆ど口を利かない事から)幽霊オンナとか不当に言われてたけど、心の中ではみんな認めていたんだよね。フクザワだって
「いずれ、アイツに抜かれる」
とか言ってたし。
あれだけ飛びぬけて鋭い感性を持ったフクザワだからこそ、他の誰の眼にも「幽霊オンナ」としか映らなかった麻衣子の姿も、彼の眼にはまったく違って映っていたのかもしれない。
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