「今、思えばあれがスズキだったわけだが、授賞式に病欠したんだよな・・・それが残念だったから、よく憶えているよ。一体、どんな天才が出てくるのかと、期待していたからな」
「ふふふ・・・彼女って、メチャクチャにデリケートだからね・・・」
というと、中学時代から麻衣子の数少ない親友だった恵は、子供のような童顔をさらに幼くして、友達を思いやるように柔らかく笑った。
『金賞の嬉しさよりも、大勢の前で受賞の挨拶をする事の方が、よっぽどプレッシャーだよ・・・』
とかいって、随分と心配していたからね。授賞式の翌日、学校で
『麻衣ちゃん!
昨日、仮病でしょ?』
って言ってやったら
『違う、仮病じゃないよ・・・当日の朝から本当に胃がキリキリしちゃって、とても人前に出られる体調じゃなかったんだよ・・・』
とか言ってたっけ・・・」
と、懐かしそうに述懐していた (´ー`*)・:*:・
薄幸な家庭で育った苦労人の麻衣子である。小学生時代に父親を亡くし、残された母が慣れない保険の外交やパートなど厳しい仕事に出ながら、女手一つで病弱な一人娘の麻衣子を育てて来たと言われた。
この麻衣子の勉強ぶりというのが、実に凄まじかったらしい。中学時代は「勉強の虫」と揶揄されていたらしかったが、それでも地元A市の『D中』では天才肌のフクザワには敵わず2番がほぼ定位置だった。
このころから、既に演劇少年だったフクザワによると
「演劇の台本作りで、休みは毎週のように地元の図書館に通っていたんだがな・・・絶対に居ない時がないといってもいいくらいに、ヤツが勉強していたよ。そのうちに自然と、目がヤツを探してたりしてな・・・」
「相手が相手だから、プレイボーイのフクザワでも噂にもならなかったと?」
「がははは・・・実は、最初の頃は
『よー、また来てたのか』
程度には、言葉を交わしたんだがな。あまりに集中して勉強しているから、段々と声を掛けづらくなっていったよ・・・ヤツこそはまさに、図書館の主だった」
と、苦笑いをしていた。
フクザワによれば、にゃべと同様に中学に入学した時、担任から
「能力的にはオマエ1人が図抜けているから、毎日1時間でも勉強すれば間違いなく首席で卒業だ」
とまで激賞されたらしいが
「ヤツの姿を見たら、こりゃ抜かれるのは時間の問題だな・・・と思ったよ。ヤツこそは勉強が好きで好きで堪らないという、稀代の好事家だ」
あの自信家のフクザワをして、ここまで唸らせたくらいだからその勉強ぶりたるや、相当なものだったのだろう。
が、そんな学力に恵まれながらもお嬢、エリ、梓など男子を蹴散らすかのような個性派が揃った文系にあっては、居るのかいないのかもわからないような麻衣子の存在感は、まったく希薄だと言って良かった。
バラ色の大学生活を求めて、東京へ旅立っていこうとはしゃいでいる上位の常連組を尻目に、麻衣子だけは当初から金の掛からない通学圏内の地元一本に絞り、県外へはまったく目が向いていなかっただろう。無論、彼女の学力からすれば地元トップのN大でもまったく物足りないくらいだったが、いざ蓋を開けてみれば「文系」クラスからは異例とも言えるような「N市大薬学部」の結果に、驚かされる事になろうとは。
にゃべも、新聞の合格発表を見た時には
(なんだ、こりゃ?
なんで、スズキが薬学部なのか・・?)
と、印刷ミスかとも疑ったほどだった。
「やっぱりあんなお家の事情だから、実家を離れたくなかったみたいね。彼女ならT大だってボーダーだから、N大なんて合格間違いなしじゃん。だから受験勉強もやりつくして、途中から医学部を志してその方面の勉強を始めたら、凄く面白くなった・・・って話は訊いてたけど。でももうクラス替え終わってたし、文系クラスの中で毎日図書館に通って、専門書を読み漁っていたみたいだよ。口には出さなかったけど母親思いの彼女の事だし、これまで苦労をかけたお母さんに恩返しがしたかったんじゃないかな?」
という恵の推測は、ズバリと的を射ていたのではないかと思われる。
ところがデリケートなだけでなく、生まれつき心臓が弱かった麻衣子は、解剖写真を見て失神してしまい
「私には絶対無理!」
と、急遽、医学部から薬学部に方向転換したというのが、ことの顛末だったらしい。
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