2003/09/11

「けつねうどん」マジック

 この話は、かつて何かで読んで

  (世の中には、こういう奇特な御仁もいるのか・・・)

 と妙に印象に残った話を、新たに一から勝手に書き換えたものである。

 元ネタは随分と前に目にしたものであり、今となってはその出典も定かではなく、また年月の経過とともにディテールの記憶も薄れてしまった。

 それでもフレームワークだけは、ほぼ原形を留めているはずであるから、ここに発表するものはフレームワークはオリジナル作を土台にしながらも、ディテールの描写はほぼ創作した。

 万一、この話をどこかで読んだ、或いは訊いたことがある方で

 「元ネタと、かなり違うじゃないか!」

 というようなクレームが出ても、一切受け付ける事は出来ない (´0ノ`*)オーホッホッホ


 アメリカ人のエリートビジネスマンであるジョンソン氏は、ビジネスの出張でとある町へ来日し、得意の交渉力で鮮やかに商談を成立に導きホッと一息つくと、ようやく小腹が空いた事に気付いた。

 世界一流のビジネスマンともなれば、のんびり座敷に寛いで和食のようなかしこまったスタイルは性に合わぬか、或いは得てしてエリートに限ってこういう風情に憧れるものなのか、ジョンソン氏もブラリと立ち寄った田舎町の小さな蕎麦屋の暖簾を潜り、一杯の「けつねうどん」を食したのである。

  ここまでは特になんという事のない、ありきたりの話だ。

 しかしながら時として世にもわからない、予測不能で不可解に満ち溢れて見えるのが人間の行動というものである。

 この仕事に家庭にと、順風満帆を絵に描いたようなエリートのジョンソン氏の心を突然の嵐のように襲ったのが、僅か一杯の「けつねうどん」であろうとは、いかな腕利きのアナリストであろうとも、またユングのような人間分析の達人をもってしても、その分析力を遥かに超えた行動といえるものであったろう。

 さて、母国アメリカに帰ったジョンソン氏にとっては、東洋のジパング・日本の美しい山々に囲まれた自然の景観とともに、名もない小さな町の薄汚れた蕎麦屋で啜った、あのホカホカと湯気の立った一杯の「けつねうどん」などは、思い出の中のほんの小さなひとコマとして、忙しい日常にあっては直ぐにも忘却の彼方へと消え去るはずのものだった。

 ところが、思いもよらないことが起こった  (^_^)......ん?

 夜毎ベッドに横たわる度にジョンソン氏の瞼には、なぜかあの湯気の立った「けつねうどん」が脳裏に浮かんでくるではないか・・・ 

 「ああ・・・けつねうどんが食べたい・・・  
 もう一度、あのニッポンの「けつねうどん」が食べたい・・・」

  夜毎、夢枕に現れるリアルな「けつねうどん」の残像と、味覚中枢にガッチリとこびり付いて消えることのない、あの“だし”の効いた「けつねうどん」の魔力は、遂にエリートたるジョンソン氏を睡眠障害へと追いやったばかりでは止まらず、ノイローゼ一歩手前にまでその症状は病膏肓に至ったのであった

 最早、寝ても覚めても人一倍鋭利なはずの頭の中を占めるのは、あたかも初恋で盲目に陥った初心な少年の如き「けつねうどん」に寄せる、純粋なまでの思い一色という有様なのである。

 「うぬぬ・・・
 最早「けつねうどん」なしの、この私の人生は考えられぬ」


 そうしてジョンソン氏は遂に、持ち前の決断力で世にも思い切った英断を下した。

 「そうと決まれば、1日も早く日本に移住だ!」

 しかしながら、事はそう単純ではない。

 なにしろジョンソン氏には家庭があったし、アメリカンエリートの社会的地位は絶大なる財産でもあるはずだ。

 また家族にとっても、多くのアメリカ人がそうであるように、日本に対する認識などは精々が「東洋の辺鄙な島国」 程度のものだったろう。

 アメリカンワイフともあれば、そうそう大人しく亭主のワガママを許すわけはなく、家中こぞってのヒステリーの嵐が吹き荒れた事は、想像に難くはない。

 もとよりジョンソン氏とて、元々は典型的なマイホームパパだったのである。

  しかし、こと「けつねうどん」に関してだけは話は別で、ジョンソン氏のこれに対する思いばかりは、あらゆる障害をも乗り越えんとせんほど尋常ならざる迫力を伴ったものだったのだ。

 「誰が何と言おうと、オレは「けつねうどん」なしでは生きてゆけぬ! 
  オマエたちの気持ちはわかるが、それも「けつねうどん」を食べてしまった今となっては、最早どうしようもないのだ・・・ 
 オマエたちが嫌なら、オレは一人でも行くが、悪く思うなよ」

 オーマイガーッ L(>0<)

  ブーブーと不満を垂れていた奥さんも、育ち盛りの数人の子らを抱えては路頭に迷うわけにも行かず、渋々とジョンソン氏に従い日本へと移住する事にならざるをえないではないか。

 かくて人も羨むアメリカン・エリートビジネスマンの地位を投げ打ち、今や日本の片田舎の町の英会話教室でバイト講師として教鞭をとるジョンソン氏は、教室での仕事を終えた帰りに良く“だし”の効いた「けつねうどん」の美味に舌鼓を打つという、この上ない幸せな毎日を謳歌しているということであった。

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