2003/09/13

ホテル(1)


 しばらく足が遠のいていた関西へ再びと足を向けようという気持ちになったのは、20代後半に差し掛かった頃だった。定期的に関西旅行を始めた当初は、予算の関係もあって近鉄特急アーバンライナーを使っていた。当時は、始発の名古屋から終点のなんばまで片道3250円だったが、ディスカウントショップへ行くと2800円くらいで売っていたから、往復でも僅か5600円で済んだ。新幹線とは違い全席指定席なので、当初は2時間という時間もさほど長く感じる事はなかった。

ところが何度目かの旅行が、ちょうど割引チケットの回数券が使用出来ないお盆期間に当たったために、出発間際にチケットを買うつもりで行ってみると、切符が完売となっているではないか。この特急は毎時00分と30分の2本しかない上、30分の方は特急とはいえゴチャゴチャと沢山の駅に停まるから2時間半もかかってしまうため、実質的には毎時一本ずつしかないのと同じだ。空席のある数本先の特急を待っていては、午後からの出発となってしまうため、仕方なく新幹線で行く事にした。

久しぶりに乗る新幹線は、当然の事ながらやはり速い。「ひかり」でも1時間を切るくらいだから、アーバンライナーに慣れた身には一段と速く感じる上に、本数が多くいつでも来たのに乗れる気安さも、予約やら時間やらに縛られるのが嫌い身には向いていた。混雑さえなんとか我慢すれば、立ちんぼ自体は苦にもならない所要時間だ。

それにしても、関西三都の足回りの良さは特筆に価する。JRの新快速なら「大阪(梅田)⇔京都が約30」で「大阪(梅田)⇔神戸」に至っては、僅か20分である。JRの不便な奈良だけは近鉄なんばから近鉄奈良となるが、それでも40分はかからないから、近郊の市外からでは名古屋へ出るだけでも1時間近くはかかってしまう地元から見れば比較にならない便利さで、これもなにかと関西方面に足が向きやすい所以だった。新幹線の料金も、名古屋からは競争のない東京方面とは違い、近鉄線のある関西方面は名古屋⇔大阪の正規料金5670円がディスカウントショップでは4300円程度と東京の半額以下で、往復でも1万円とかからないのは大いに助かる。

ところで旅行の度に頭を悩ませるのが、宿泊するホテルだ。今以上にズボラだった若い頃はガイドブックで探すのすら億劫に感じ、現地に着いてからタウンページを開いて探し始めるというテイタラクだった。偶然タウンページで目にした「ホテル予約センター」というところへ電話をすると

「つい最近オープンしたばかりの、新しいホテルをご案内できます!」

17500円という手頃な料金だったので早速頼むと、先方で面倒な予約を代行してくれるというシステムである。予約の方は任せておいて、昼間の観光を終えて夜にホテルへ向かったものの、サッパリ地理がわからない。仕方ないので、タクシーを捕まえて

「ホテルxxxってところへ行って欲しいんだけど・・・」

と告げると

「そんなん訊いたことおまへんな・・・」

「タクシーの運転手がホテルを知らないって・・・困ったなー。こっちは土地鑑ないし・・・地下鉄谷町9丁目駅の近くだと言ってたんだけどね」

「ああ、タニキューでっか!
ほな、この辺りでっせ」

この地元の人の「タニキュー」(谷町9丁目)とか「タニヨン」(谷町4丁目)という独特の言い廻しは、イントネーションも含めて慣れるまでは何の事を言ってるのかがわからず、大いに戸惑ったものである。

そうこうしているうちに、目指すホテルのネオン看板が見えてきた。

「あ、あれだね」

と見てみると、今までに泊まった事のないような立派なホテルのようだ。エントランスを通ると思った以上に豪華な内部は、フロントが吹き抜けになっており、アーチ風に螺旋階段が伸びているのが見える。あたかも外国の映画にでも出てきそうな、瀟洒な佇まいだ。

「こりゃ、案外な掘り出し物なのかな・・・」

と狐につままれたような気分のままに部屋に入ると、まず64というとてつもない広い部屋に驚かされた。洗濯機や乾燥機、またキッチンには本格的なグリルも付いており、テレビも30型は優にありそうな大画面パノラマだ。さらには、当時としては、まだ珍しかった衛星放送も無料で観る事が出来たので、ちょうど上手い具合に全試合を放送していたW杯サッカーを観戦する事も出来た。

洗濯機や乾燥機、グリルなどにはまったく縁がないワタクシにとって、最も有り難かったのは客室に備えてあるジャグジーバスである。一般的なちゃちなユニットバスとは違い、タイル張りの本格的な湯船でシャワーもヘッドが取替えの出来るマッサージ機能付きである。さらに食事のルームサービスもレストランから運んでくる本格的なものと、まさに何から何まで至れり尽せりであった。  

(オープン記念料金で通常13000円が7500円とか言っていたが、13000円にしても随分と安いもんだ・・・まさか、17500円の聞き違えではないよな・・・?)

と些か不安になったくらいで、普通のビジネスホテルの倍くらいの料金設定としても、まだ安く感じるくらいに内容的には充実していた。こんなホテルに泊まれるようなチャンスはそうはないだろうと思い、BSのW杯の試合を見終えてから再びジャグジーを堪能する。浴場とは違い、いい気分のところに他人が入ってくる気遣いはないから、体を伸ばしてノンビリと寛ぐ事が出来た。

すっかり熟睡できたのに気を良くし、フロントでもう1泊延長の手続きを済ませ、朝食は折角だからと大枚1000円也のモーニングセットをルームサービスでオーダーする事にした。綺麗な若い女性が持って来てくれたところまでは良かったが、これまでそんなシャレたホテルに泊まった経験のない哀しさで、部屋のテーブルに並べてくれるものなのだろうと勝手に思い込み、ドアを開け放ったまま待っていた。すると何故か引き攣ったような固まった表情のまま、動かなくなってしまった。

予期せぬ突然のイロオトコの出現に戸惑って動作がフリーズしてしまったか、それとも旅行前から伸ばしていた無精ヒゲ(ヒゲがかなり濃い方)が、気だるいホテル泊まりの翌朝で、ワイルドな犯人ヅラに見せ彼女の警戒心を呼び覚ましたのか、はたまた前夜ジャグジーにあまりに長々と入りつづけたせいで、どことなく浮世離れのした真夏の旅行者の摩訶不思議なオーラが出ていたのか、その辺りの真相は本人のみぞ知るところである。

「あの・・・ここにサインしていただけますか?」

ようやく口を開いた途端、ぶっきらぼうな口調の彼女に

「なんだ・・・てっきり中まで持ってきてくれるものと思ったので・・・」

とジョークを飛ばしたが、朝っぱらから何を勘違いしたのかニコリともせずさっさと消えてしまった。

(無愛想女めが! (`Д´)y-~~ちっ

気分が悪くなったので、総ての食事をルームサービスでと予定していたのをキャンセルし、夕食はホテルに備え付け販売機のスパゲティで済ませた (--)y-゜゜゜

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