ワーグナーはこれ以前にもいくつかのオペラを作曲しているが、ワーグナーの個性が真に輝きだしたのは、この「さまよえるオランダ人」からである。
そして、ワーグナーの終生のテーマであった「女性の愛による救済」がはっきりと明示されたのも、この作品からだ。
「女性の愛による救済」というのは、何らかの理由で苦悩や宿命を背負った男(時には世界)が、女性の自己犠牲的な純愛によって救済されるというモチーフである。
ワーグナーは、このモチーフがよほど好きだったようで、その後も『タンホイザー』や『トリスタン』、あるいは『指輪』など、何度もこのモチーフを持ち出している。
考えようによっては、エゴイストの権化であったワーグナーにピッタリの好都合なモチーフだったのだろう。
この作品は、古くからヨーロッパに伝わる「さまよえるオランダ人」の伝説、さらにはハイネによる寓話「フォン・シュナーベレヴォブスキー氏の回想記」をヒントとしているが、それに加えてワーグナー自身の嵐での航海体験も反映していると言われている。
ここには、その後のワーグナー作品の全てがはっきりと姿を著しており、逆に古いイタリアオペラの脳天気な響きも至る所に顔を出すという、不思議な雰囲気に満ちている。
ある意味で過渡期の作品とも言え、後のワーグナー作品と比べるとコンパクトにまとまっていて話の展開もそれほど複雑ではないので、ワーグナー入門としては取っつきやすい作品とも言える。
●序曲
冒頭のホルンの不気味な響き「オランダ人の動機」が、一気に観客を荒れ狂う北の海へと誘う。
それが一段落すると、木管楽器が穏やかに「救済の動機」を歌い始める。
この二つの動機は作品全体を通して核となるものであり、これを序曲の中で見事なまでに対比させ、物語全体のテーマを暗示させる技術は見事と言える。
●第1幕
時は18世紀。
舞台は、ノルウェーの海岸だ。
激しい嵐を避け、一艘のノルウェー船が入り江に錨を降ろす。
船乗りたちは故郷の恋人たちのことを思いながら望郷の歌を歌っているが、やがて眠気に負けて眠り込んでしまう。
すると、不気味な弦のトレモロの後に「オランダ人の動機」が響き渡り、黒いマストに赤い帆をつけた不気味な幽霊船が現れる。
その昔、嵐に襲われた船のオランダ人船長が、その荒波に対して「私は永遠に止まることなく乗り切ってみせる」と豪語したために、その船は悪魔に呪われてしまいオランダ人船長は死ぬことも許されずに、永遠に海をさまよい続けることになった。
この呪いを解くためには、7年に1度許される上陸の機会にオランダ人船長に「永遠の愛」を誓う女性が現れなければならない。
そして時は過ぎ7年の周期に当たるある日、オランダ人の船は船長ダーラントの乗るノルウェー船に出会う。
オランダ人は、ダーラントにひとりの娘がいることを聞き、結婚を申し込む。
ダーラントは、オランダ人の船に積んであった財宝の数々に目がくらみ、娘との結婚を快諾。
2隻の船は、ダーラントの故郷に向った。
0 件のコメント:
コメントを投稿