2004/05/29

docomoの『A』(1)


 そのころ(失業中)の日課は、名古屋にある「EXCELSIOR CAFFE」など、安くて落ち着ける店のソファにどっかりと腰を据えて、主にCisco認定資格向けの勉強をしていた。

 この日もいつものように、タバコを蒸かしたりして1時間以上粘っていると、派遣会社大手のR社の営業担当から

 docomoの基幹システムAladinALl Around Docomo INfomation system)の管理に携わってみませんか?」

 という依頼が、舞い込んで来たのである。

 元請けは業界では有名なC社だったが、どういうわけか名古屋の仕事にもかかわらず、大阪支社になっていた。通信技術の請負業務に強い事で知られるC社の名古屋支社には、これまで23度足を運んでいて顔見知りの営業マンも3人ばかり知っていたが、大阪支社の人間などは勿論、誰一人として知るところではない。

 名古屋の中心部・久屋大通のセントラルパークから程近い一等地には、県芸術文化センターやNHKビルなど大きな建物が犇いており、その一帯にひときわ大きな20数階建ての(JRセントラルタワーズに次ぐ)、巨大ビルが忽然と姿を現したのは知っていたが、そのビルこそがdocomoの名古屋における新しい拠点であったらしい。

 そしてその仕事というのが、先にも触れた通りdocomoの基幹システムをなしている、顧客情報管理システム「Aladin」の管理を行うというものであった。

 大阪からやって来たC社の営業部長B氏は、太った体が憎らしく見えるような横柄な態度と、どこか皮肉っぽい感じの口調が何かと癇に障る人物であった。 話を聞いた限り、内容的に興味をそそられるものか、或いはそうでもないのかの判断が付きかねた。

 B氏の癇に障る嫌味な態度に、いっその事その場で直接断ってやろうかという衝動に突き上げられたものの、同席していたR社の若い生真面目そうな営業K君の立場を考慮し、どうしたものかと態度を決めかねていると
 
 「今までの私の話を訊いて、この仕事をやってみたいという意欲がありますか?」

 「はぁ・・・まあ、そうですね・・・」

 「では、こちらの方で一度、検討してみたいと思いますが。実は・・・Kさんからいただいたにゃべさんの経歴を見て、こうして今日のセッティングをお願いしたわけで、正直言って私もそうそう大阪から出てこられるわけではないので・・・今日はこの場で少しだけ確認をして、直ぐにでもお願いする事になるかとも考えておったんですがね」

 「フム・・・」

 「ハッキリ言って資格は申し分ないし、これまでの経歴を見てもスキル的にはまったく問題がないと思います・・・ただ私が懸念しているのは、折衝や技術提案とか説明をする相手になるdocomo(以下「D社」)の担当者というのが、性格的にかなり難しいタイプでね・・・そこいらへんのところが大丈夫なのかなと、ちょっと不安なんですね・・・」

 「そこいらへんは・・・別段、問題ないと思いますが・・・」

 「本当にそうかな?
 今の会話の中で感じた事だけども、どうもにゃべさんは態度とか顔に、感情が出やすいタイプのようなので、そこらへんを含め再度、検討させて貰う事にしましょう」

 この時点で、こちらの方でもさして乗り気というわけではなかったから、数日後にR社のK君から

 「残念ながら、今回は見送りという結果になりまして・・・」

 という連絡が入った時も

 (あっ、そう・・・ならばこれで、あの嫌味なオッサンと関わりあわなくて済むじゃないか・・・)

 という程度で、正直なところ幾らかの腹立たしさは感じながらも、ショックはまったくなかった。

 その後、他の仕事の話が舞い込んで来たり、その対応でC社やR社の事などはすっかり忘れていた半月ほど経った時のこと。例によって、栄の「EXCELSIOR CAFFE」で失業中の時間潰しをしているところへ聞き覚えのある、あのおっとりとした口調のR社のK君から連絡が入った。

 「実は、先日のC社の件なんですが・・・」

 「C社の件って・・・あの話は、もうとっくに終わってたのでは?」

 「そうなんです・・・先日お電話したんですが・・・実は先日お会いした、あのC社のTさんから改めて


 『前回のdocomoの件を、にゃべさんにお願い出来ないか?』


 という連絡が入りまして・・・」

 「ん?
 あの話は、この前NGになったはずだけど」

 「ええ。
 そうなんですけど・・・その後情勢が変わり、是非お願いしたいと・・・」

 「はあ?
今更、情勢が変わったと言われてもねー。そんな事は、こっちの知った話ではないね。こっちだって、あれから色々と情勢が変わってるしね」

 「にゃべさんの情勢が変わってるというのは・・・具体的に、どういった事で?」

 「どんなって言っても、そりゃあれから半月くらいも経ってるし、あの後ボンヤリと寝てたわけじゃないから、それなりに進行中の話もあるよ」

 「そうですか・・・それは無理もないでしょうが・・・ただ情勢が変わったにしても、今のところは引き続き求職活動中では、あるわけですよね?」

 「うむ・・・まあそうだけど・・・」

 「でしたら、ともかく話だけでも訊いて貰って、それから判断していただくというのはいかがでしょうか?」

 このK君は、こうした営業マンにしては珍しく、非常に大人しいというかおっとりとした青年だっただけに当初から悪い印象は持っていなかったが、この時は電話越しにいつもの独特の穏やかな口調の中にも

 (何とかこの話を、上手くまとめるのだ・・・)

 と彼なりに必死になっている様子が、ひしひしと伝わった。

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