2003/10/07

老編集長(ラッキーボーイpart3)

 この女社長のM女史は、自前の会社で小さなタウン誌を発行していた。タウン誌といえば聞こえはいいが、ひと昔前のガイドブックのような体裁のもので、最初に見た時にあまりの貧弱さに

 (あんなケチなものを作る手伝いは嫌だな・・・)

 と思った。

 その頃には既に、新聞記者まではいかないが地方紙とはいえ

 (オレは、新聞の記事を書いているんだ!)

 という、イッパシの気概があった。

 ところが、H女史の方でも

 (アナタのような才能のある人に、あんな小さな仕事はさせないよ)

 とばかりに、このタウン誌の仕事をこちらにやらせるつもりは毛頭なかったらしく

 「アナタには、今度創刊になる雑誌の方に専念してもらうから、気持ちの準備だけはしといてください」

 と、H女史が発行元の広告代理店や、編集長と打ち合わせを進めている間は、企業を訪問して社内報などを作成していたのである。

 しばらくは、面白くもない社内報の仕事が続いたが、いよいよ雑誌が創刊を迎え折りからのグルメブームなどもあって、主に飲食店などを取材した。当初は飲食店などを担当し、大きな特集記事で人気のプロレスラーの武藤敬司の取材などはH女史が自らが当たったが、その時は会場や控え室まで記者全員で同行した。余談だが、見上げるように大きな武藤同様、イカツイ大男がぞろぞろといる控え室にTVなどでは見た事のない、前座らしい小さなレスラーが通って行った。

 口も目つきも極めて悪い編集長が

 「オイ、今のもレスラーかよ?」

 と問いかけて来た。

 「そーなんじゃないですか? 
 あの格好だから」

 「あんな小さいのがかよ・・・あれなら、オレでも勝てるぞ ()アヒャヒャヒャヒャ」

 「うん。
 オレも、勝てる勝てる」

 編集長の無遠慮な大声とバカ笑いは、確実に相手に聞こえていただろう (m*)ブブッ

 S社の仕事で忙しくなってきた事で、当初所属していた紹介元のN社からは、益々足が遠のいた。元々、フリーの身だから出勤は自由であり、E社長からは

 「ここなら机もあるし金もかからんから、ここへ原稿を書きに来い」

 と言われ続けていたが、口煩い社長やそれに輪を掛けたような煩型で嫌味な女ボスのF女史(社長の愛人)に、ネチネチと説教を訊かされるのがオチだから、この頃は週一回原稿の締め切りの時に持参するだけで、それも原稿を渡すとK編集長と少し雑談をして帰っていくのが習慣になっていた。他に顔を出すのは、月末の給料日くらいである。

 そんな或る日。例によって、締め切りの日に原稿を持って行き帰り支度をしていると、編集長に引き止められた。事務所に入った時に、オトコばかり34人が集まって協議をしているのは目にしていたが、いつもの事なのでさして気にも留めていなかったのだった。

 「よう、にゃべっち!
 最近、めっきりご無沙汰じゃねーか?」

 この編集長は本来は結構気難しいタイプらしかったが、若いこちらに対してだけはいつも、こうして学生の友人のような気さくな口を利いていた。営業部長のTに訊いた話では

 「Kさんは、オマエのことを息子みたいに思ってるんだろう・・・ちょうど同じくらいの年頃の息子さんがいるらしい。以前、酔った時に

 『うちのヤツ(息子)が、あれくらい賢くて優秀だったらなー』

 と、ぼやいていたよ」

 という話は訊いていた。もっとも、こちらとしてはオヤジのような感じは、まったくしてなかったが (*≧m≦*)ブブッ

 「そーでしたっけ?」

 「最近は、週に一度しかこねーだろ。
 しかも、そそくさと帰っていくし」

 「まあ、あんまり長居をしていても意味がないし・・・いや、みんなの邪魔になるからね」

 「ちっ。
 まあいいよ」

 と、笑ってタバコを蒸かした。

 「実はな・・・今日、オマエを呼んだのは、ほかでもない・・・」

 この日は、電話で相談があると呼ばれていたのだった。

 「今度、うちで新しい情報誌を創る事になってな・・・情報誌と言っても、まあタブロイドのショボイやつだけど・・・」

( ´Д)はぁ?

 「それでだ・・・ようやくオマエの出番だというわけだ・・・オマエは是非とも、主力でと考えている」

 「それは無理ですよ・・・」

 「無理?
なんでだ?」

 「今は、S社の雑誌の方が忙しくなってるし・・・そもそもここで仕事がないからって、社長に紹介してもらったんだからね」

 「そーかー。
 その事、すっかり忘れてたよ・・・」

 と、編集長は頭を掻いた。

 「じゃあ、まったく無理なのか?」

 と、別の編集者のS氏。

 「まったく、社長も中途半端な事をするよな・・・計画性がないというか・・・」

 勿論、この時は社長もF女史も不在だった事は、言うまでもない。

 口の悪いK編集長は、不在の時はこうした悪口を平気で言うタイプだから、誰も驚くものもいなかった

 「向こうの仕事は、適当に断れないのか?」

 「まだ入ったばかりだし、無理でしょうね」

 「その仕事は、楽しいか?」

 「そりゃ新しい雑誌だし、それなりには。
 正直、こっちのマンネリよりは・・・」

 「だろーな・・・」

 編集長は、少し考えていたが

 「まあ、仕方ねーな。
 そのうちちょっと手が空くだろーし、そーなったらまた連絡してくれ。
 うちも、全国区の雑誌(週刊現代やポストなど)の地方ネタでルートも開拓したし、今は仕事が沢山あるからな。
 S社なんか行かなくとも、そのうちにオレが稼がせてやるよ」

 と息巻いていた。

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