2003/10/23

「呉服」の語源を辿る

 愛知の一宮市というところに「真清田神社」があります。

この神社は、かつての尾張国の中で最も古い歴史を持つ「一之宮」であり、そこからこの地が「一宮」という名になったそうですが、それはともかくとしてこの大きな神社の中に「服織(はとり)神社」という小さな神社が、もう一つ存在します。

この一宮は「繊維の町」としても全国有数であり、この「服織神社」は機織の神である萬幡豊秋津師比賣命[よろずはたとよあきつりひめのみこと]を奉る神社とされています。

苗字でお馴染みの「服部(はっとり)」の読みは、この「服織(はとり)」が転じたものと思われます。

ちなみに「」(べ)は「語り(部)」(かたりべ)=今風に表現すればナレーター(語りを生業とする人)=など、特定の職種等を表す修飾子のようなもので「服(部)」は、平たく言えば「服飾関係に従事する人」といった意味になります。

かつての着物時代の名残からか、今でも日本中至る所に「呉服町」或いは「呉服通り」などといった地名や通り名が見受けられますが、通常はそのまま「ごふくちょう」或いは「ごふくどおり」と読むのに対し、大阪の池田市にある「呉服」地名は「くれは」と読ませます。

何故「ごふく」ではなく「くれは」なのか?

池田市にある「呉服神社」由緒書によると

15代応神天皇(4世紀末から5世紀始め)の時、機織・裁縫の職人を求めるため猪名津彦命が呉の国に渡り、呉服(くれはとり)、綾服(あやはとり)、兄媛(えひめ)、弟媛(おとひめ)4人を連れて帰ってきた。

そして仁徳天皇の時、呉服媛が死亡し、それを祀って祠を作ったのが「呉服(くれは)」神社の始まりであるという。

呉服大明神という名を後醍醐天皇が送ったのをきっかけに、絹布の服を呉服というようになったという。

呉服の「呉」は、もともとチャイナの国名「呉」のことであると考えられる

この話は日本書紀にも記されている。

「応神三十七年」の段に

『阿知使生・都加使生を、呉に遣して、縫工女を求めしむ。(中略)呉の王、是に工女兄媛、弟媛、呉服、穴服、四の婦女を与ふ』とある。

神社の由緒書とはちょっと名前が違ったりするが、この記述のことであろう。

しかし、これが機織伝来の物語というには、ちょっと待ったがかかる。

機織自体は、縄文・弥生の頃から行われていたと思われる遺構もあるので、これは機織に関する新技術の輸入といった方が正しいようだ。

さらに、この呉服伝来物語には複雑な事情がある。

同じ応神天皇の「応神十四年」の段には

百済の王、縫衣工女を貢る。真毛津という。是、今の来目衣縫の始祖なり』    
とある。

古事記には『百済の朝貢』の段で

「呉服(くれはとり=この場合、呉の国系の織工の意味らしい)の西素二人を貢上りき」とあって、百済国経由でやって来たことになっている。

また、ややこしいことに雄略天皇の時代にも応神三十七年と同じような話があって、日本書紀の雄略十四年の段に『身狭村主青等、呉国の使いと共に、呉の献れる手末の才伎、漢織(あやはとり)・呉織(くれはとり)及び、衣縫の兄媛・弟媛等を将て、住吉津に泊る』と、そっくりの話がある。

本居宣長の『古事記伝』では雄略の方が本来で、応神天皇三十七年の記述は古事記の記述にもある呉服の由来を誤り伝えたもの、としている。

また、雄略の時に技術を伝えに渡ってきた渡来人が、応神の時に既に渡ってきていた倭漢氏(やまとのあやうじ、渡来人の氏族)に組み入れられた、という政治的な事情の反映だとみる説がある。

そしてお隣の兵庫県・出石にも、やはり同じ「呉服神社」があり、その由緒には

《クレハトリと訓する。織物の神として、栲幡千々姫命を祭神としている。  当地は天日槍神の拠点であり、この神の末裔の氏族は秦氏であり、土木、織物、金属採取・精錬などの長じていた。

摂津国の豊島郡にも、呉服神社(クレハ)が鎮座、東の漢の阿知使主が大陸の呉の国から連れてきた織姫の神祠との社伝があるが、ここ出石も渡来人の持っていた織布技術によったものには違いない》

という記述が見られる。

それぞれを見比べると、些かの食い違いがあるものの

《呉服神社に祭られているのは、服媛(くれはとりのひめ)という織り姫と仁徳天皇。

その由来は、日本書紀に書かれた時代に遡ります。

当時、呉の国から呉服媛と穴織(あやはとり)媛という、二人の姫が船に乗って渡来し、この地を訪れた。

二人の姫は、機織りや裁縫の技術に優れていた。

そして昼夜の別なく布を織り、織物の技術をわが国に伝えた。

二人の死後、仁徳天皇が遺徳をたたえて建てたのが呉服神社です。

呉服媛にちなんだ「呉服」という言葉は、その後、絹布類のすべてを指す言葉として日本に定着しました》

といった解釈に要約されそうだ。

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